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職人の心を大切にする経営者の父と、みなの母のような女将を目指す娘。京都らしい日本の「和」を大切にし続ける親子の、これまでとこれからを語っていただきました。

ゲスト

祇園畑中 女将 畑中 麻美

祇園畑中 女将

畑中 麻美

京都府生まれ。短大を卒業後、ホテル学校へ進学。京都府内の老舗旅館で女将修行を積んだのち、実家である「祇園畑中」に戻り女将を務める。

インタビュアー

株式会社 Loco Partners 取締役 塩川 一樹

株式会社 Loco Partners 取締役

塩川 一樹

1979年生まれ、立命館大学経済学部卒。株式会社ジェイティービーを経て、株式会社リクルートへ中途入社。旅行事業部にて、首都圏・伊豆・信州エリア責任者を歴任し約2,000施設以上の担当を歴任。2012年7月より株式会社Loco Partners取締役に就任。

「旅館の後継は天職」という気づき

——前編では、祇園畑中の主人である畑中さんにお話を伺いました。後編では、畑中さんのお嬢様でもある、若女将にお話を伺います。

祇園畑中

塩川:畑中さんが女将になられてから3年ほど経ちましたが、振り返ってみていかがでしょうか。

畑中:私は今まで、生きていても楽しいことがないと思っていたのですね。実際には、楽しいことはあったはずなのですが、感謝の気持ちが足りなかったのだと思うのです。一生懸命やってもうまくいかないこともありますし、それで暗い気持ちになってしまって、幸せに気づけなかったのです。それが最近やっと楽しくなってきたのですね。感謝の心を取り戻したのだと思います。

塩川:女将として3年が経ったところでいろいろなものが見えてきたのでしょうか。感謝の気持ちを取り戻したとおっしゃいましたが、それにはどんなきっかけがあったのですか?

畑中:旅館の後継者の育成プログラムに参加したことがきっかけでした。その研修で「私はなぜこの仕事をしているのだろう」と振り返る機会がありまして、よく考えてみると私は恵まれているのだなと思ったのです。そこでどなたかが「旅館の後継者は選ばれし者なのです。なりたくてもその境遇になれない人もいるのですよ。」とおっしゃっていて、とても勇気づけられましたね。これは神様から私に与えられたミッションなのだなと思いました。

祇園畑中

塩川:その研修を通して女将としてステップアップする気持ちを持たれたのですね。幼少のころは、ご自分がいつか家業を継ぐのだというお気持ちはあったのでしょうか。

畑中:両親からは「やりたくなかったらやらなくていい。この仕事は好きでなければできない。」と言われていました。何かを「しなさい」と言われたことも全くなく、とても自由に育てられましたね。数学がとても嫌いで勉強をしなかったら、あるとき0点を取りまして、それでもハハハと笑うような両親でした。今になって思えば、自分の力で考えなさいというのが親の想いだったのかなと思います。

塩川:そんなご両親のもとで育った畑中さんが家業を継がれるまでには様々な変化があったと思うのですが、そのあたりをお聞かせください。

畑中:家業を継いだきっかけは母が亡くなったことですね。まだ学生だったのですが、短大を卒業したら留学をしたいと考えていたのです。そうしたときに母が亡くなって、この先どうしようと思いました。留学に行くこともできますが、妹も高校生ですし、父も仕事が忙しいので、自分だけ家を空けるのはどうなのだろうと考えたのですね。そこで、家の仕事にも役に立つと思いまして、ホテル学校へ行くことにしたのです。ホテル学校を出たあとは柊家さんに1ヶ月ほど研修でお世話になりました。

塩川:旅館を継ぐ覚悟を決めて、その道を歩みはじめたのですね。 柊家での研修ではどんな学びがありましたか?

畑中:女将というのは、みんなのお母さんのような存在なのだと思いましたし、誇りを持って仕事をされていると感じました。お掃除ひとつにしても、1番古い仲居さんから磨けば磨くほど美しくなるから一生懸命磨くということや、この艶が時代を重ねて美しく生きてくるのだということを教わりました。同じ京都にある旅館さんですので、そうしたノウハウを「祇園畑中」の私に教えるというのは柊家さんにとって不利であり損なことになるのだと思うのですけれども、柊家の女将さんには快く受け入れていただいて本当に感謝しています。

祇園畑中 女将 畑中 麻美

祇園畑中 女将

畑中 麻美

京都府生まれ。短大を卒業後、ホテル学校へ進学。京都府内の老舗旅館で女将修行を積んだのち、実家である「祇園畑中」に戻り女将を務める。

祇園畑中

祇園畑中

京都府 > 祇園・東山・北白川周辺

京都の魅力が集結した畑中に佇む、純和風旅館。日本文化の和のこころと、真心のこもったおもてなしが詰まった宿です。