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「発信」が生む、新たなコミュニケーション

株式会社黄木コーポレーション

塩川:ここまで、黄木さんが頭の中で描いたことが時間をかけて具現化してきたのだなという印象があります。それをブログなどで包み隠さず等身大で表現し、積極的に発信されていますが、そこにはどのような考えがあるのでしょうか?

黄木:考えが大きく変化したのは、東日本大震災がきっかけです。実は、それまでの時の宿 すみれは、情報の出し方に関しては閉鎖的だったのですね。すべて出してしまうとお客さまがいらしたときに楽しみがなくなってしまうのではないかと勝手に思っていたのです。当時はおかげさまで多くのお客様が安定していらしていたこともあり、昔ながらのウェブサイトのまま情報を発信していました。しかし東日本大震災によりお客様がいらっしゃらなくなりまして、そんなときにお客様へのコンタクトのとり方が分からなくなってしまったのです。

塩川:それまでは安定していたお客様とのつながりが、絶たれてしまったような危機感を覚えたのですね。

黄木:震災が起きるまでは、日々いらっしゃるお客さまにまた次のご予約を頂くことが中心でしたので、こちらから特別にコンタクトを取ることをしていなかったのです。ところが、お客さまに足を運んでいただけなくなった途端にどうやって連絡をすればいいのか、分からなくなってしまったのです。これではだめだということで勉強しまして、まずもって「自分のこと」を発信していかなければいけないのだということを知りました。それからはお手紙のつくり方ですとか、ウェブでどういうことを発信すればよいのかを学び、それまでは閉鎖的だった時の宿 すみれのウェブサイトのスタイルをオープンなものに変えていったのです。

塩川:震災を機に、自ら発信していかれるというスタイルに転換されたのですね。お客様からの反響はいかがでしたか?

黄木:ウェブで「女将の綾子です」と顔出しをしただけでお客様が変わったことが分かりました。お客さまが「自分の写真も出していいよ」と言ってくださったのです。私は、それにとても驚きました。私が自ら情報を発信することでお客さまがいろいろなことをお話ししてくださるようになりました。自分たちのことをしっかりお客さまに伝えることが、いかに大切かということですね。「私はこういう人間なのですよ」というのをひとつ公開することによって、それに対して共感してくださるお客さまが来てくださる、見てくださるのではないかなと思っています。

塩川:2005年に「私らしい宿にしていこう」という思いで後継者としてスタートをされ、震災がつくりだした逆境によって「私らしさも伝えていこう」というふうに進化をしたということですね。

黄木:もともと独自のスタイルを打ち出していこうという考えはあったつもりだったのですが、震災を機に、それをもっと出していかなければ意味がないと気づいたのです。それを通して「おふたり」がよい時間を過ごされ、笑顔になっていただけたら、それ以上の喜びはないですよね。

株式会社黄木コーポレーション
株式会社黄木コーポレーション 代表取締役/女将 黄木 綾子

株式会社黄木コーポレーション 代表取締役

女将 黄木 綾子

山形県米沢市出身。東京観光専門学校を卒業後、「健康の宿すみれ荘」に勤務。その後、東京勤務、渡米を経て1998年米沢に戻る。レストラン「金剛閣」での勤務の後、「すみれ荘」で支配人を務める。2005年3月、(株)黄木コーポレーション代表取締役に就任し、同年10月「時の宿 すみれ」をリニューアルオープン。

Tokinoyado Sumire

Tokinoyado Sumire

山形県 > 米沢・置賜

コンセプトは、「おふたりさまに喜んでいただく」。最高級の米沢牛や湯の沢温泉を、大切な人とふたりで楽しむための一軒宿です。