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老舗旅館「歴史の宿 御客屋」。黒川温泉観光旅館協同組合の代表理事も務める七代目御客番に、熊本地震の経験から見えてきた黒川温泉の未来について語っていただきました。

ゲスト

歴史の宿 御客屋 七代目御客番 北里 有紀

歴史の宿 御客屋 七代目御客番

北里 有紀

熊本県阿蘇郡南小国町出身、御客屋の七代目御客番。史上最年少、女性初の黒川温泉観光旅館協同組合代表理事を務める。また、2013年に立ち上げた「NPO法人 南小国まちづくり研究会 みなりんく」では代表理事を務め、地域×企業等の新しい共創プロジェクトに取り組んでいる。

インタビュアー

株式会社 Loco Partners 取締役 塩川 一樹

株式会社 Loco Partners 取締役

塩川 一樹

1979年生まれ、立命館大学経済学部卒。株式会社ジェイティービーを経て、株式会社リクルートへ中途入社。旅行事業部にて、首都圏・伊豆・信州エリア責任者を歴任し約2,000施設以上の担当を歴任。2012年7月より株式会社Loco Partners取締役に就任。

仲間とともに邁進した、「黒川バブル期」

歴史の宿 御客屋

塩川:まずは、北里さんのこれまでの歩みをお聞かせください。

北里:私は生まれも育ちもこの黒川温泉ですので、この景観の中で野山を駆け巡ったり、川で泳いだり、そういう幼少期を過ごしました。地元の中学校を卒業してからは市外の高校に進学しまして、高校を卒業するまではずっとさまざまなスポーツをしていましたね。ゴルフなどの個人プレーは苦手で、チームワークを要求されるスポーツばかり。協力して何かをするというチームプレーが大好きなのです。

塩川:当時、北里さんは家業である御客屋をどのように見ていらっしゃったのでしょうか。

北里:私が小学生の頃までは宴会旅館で、カラオケが子守唄だったり、酔っぱらいのお客さまがいたり、父は遅くまで送迎、母もお客さまの接待をするなど、両親とも忙しかったのです。だから、実は旅館という仕事が好きではありませんでしたね。いつか自分が旅館を継ぐという意識もなく、祖父に連れられて山や田んぼ、畑の手入れをする仕事の方が大好きでした。ときには隣の旅館に行ってお風呂に入れていただいたり、厨房で何かを食べさせてもらったり、私は小さい頃から、地域全体に育てられたなと思っています。

塩川:高校を卒業されたあと、黒川温泉へ戻って来られたのはいつだったのですか?

歴史の宿 御客屋

北里:21歳のときにこちらに戻ってきたのですが、それは留学をしたいという思いからだったのですね。家にいれば生活費がかからないので、お金を貯めて海外に行くぞと思っていました。私を育ててくれた祖父が「寂しいから帰ってこい」と言うのもありましたね。その後、黒川の青年部に入り活動する中で、UターンやIターンで同級生たちが帰ってきたのです。そうしますと、その仲間たちと地域活動をする方が留学をするよりも面白くなってきたのですね。ちょうどその頃にインターネット予約が登場し、予約自体が大きく変わり始めました。そこで旅館を業務としてしっかりやろうということで、20代後半で御客屋の役員になりました。

塩川:地元に戻って青年部に入られてから現在までの黒川温泉の歩みを振り返って、ターニングポイントとなるようなできごとはありましたか?

北里:振り返ってみると、のめり込んで邁進してというような20年近くでした。何より、黒川温泉に帰ってきてから、平成13〜15年が空前絶後の黒川バブルと言われる3年間だったのです。数字として、なにもかもが過去最高だったのが平成14年ですね。当時はいつ温泉街を見ても人があふれるように歩いていらっしゃって、お泊りも常に満室、おそらく相当恐ろしいような稼働率で全体が回っていたという3年間だったのです。あとから考えてみればというところが大きいのですけれども、黒川温泉は「女性の方が1人で泊まりに来てもグループで泊まりに来ても安心な温泉地」であることが根付いてきたことが、高い稼働率の要因として大きかったのではないかと思いますね。もうひとつ、入湯手形の取り組みもお客さまからご支持いただきました。

塩川:今でこそソーシャルメディアがありますけれども、当時は口コミなどで拡散していったことも大きかったのでしょうね。そうした高い稼働率が2〜3年ほど続いたのですね。

北里:そうですね。その後、平成15年に当時の旅館組合の判断で、ツアーのお客さまのまとめ売りを一方的にご遠慮いただく施策を打ったのです。それに加え、今はなくなったホテルなのですが、ハンセン病のお客さまの宿泊拒否問題がありました。それが全国に拡散しまして、宿泊控えが起きたのですね。そこから、数字としては全盛期より3割ほど減ってしまったのです。

歴史の宿 御客屋

塩川:右肩上がりだったものが下降してしまったのですね。

北里:当時は入湯手形が22万枚近く売れており、事業費は右肩上がりだったのですが、その数のお客さまを本当に受け入れられるかどうかが問題となりました。来客数がお風呂のキャパシティを超え、「黒川に行っても温泉に入れない」という悪い評判を撒き散らすことになってしまったのです。右肩上がりを続けるには規模を拡大し続けなければいけません。しかし、我々は規模の拡大よりも質を磨く方に転化していったのです。その結果、入湯手形の数字は落ちましたけれども、当時の執行部や組合員のメンバーはそのことも前もって考慮しながら進んでいたのではないですかね。

歴史の宿 御客屋 七代目御客番 北里 有紀

歴史の宿 御客屋 七代目御客番

北里 有紀

熊本県阿蘇郡南小国町出身。21歳で実家の御客屋での勤務を開始し、黒川温泉 青年部に入部。その後、御客屋の七代目御客番として青年部長などを歴任。現在は史上最年少、女性初の黒川温泉観光旅館協同組合代表理事を務める。また、2013年に仲間と立ち上げた「NPO法人 南小国まちづくり研究会 みなりんく」では代表理事を務め、地域×企業等の新しい共創プロジェクトに取り組んでいる。

黒川温泉 歴史の宿 御客屋

黒川温泉 歴史の宿 御客屋

熊本県 > 黒川・杖立

江戸末期に創業した黒川温泉一の老舗旅館「歴史の宿 御客屋」。約300年に渡ってこんこんと湧き出る天然温泉かけ流しの湯や、懐かしさを感じる和室でお寛ぎいただけます。笑顔あふれるアットホームなおもてなしが詰まった宿です。