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「庭屋一如」の空間を作り込む

塩川:小原さんは、代表になられたときの心境は覚えていらっしゃいますか。

小原:当時の心境は、「この危機的状況をなんとか打開しなければ」という思いと、「御船山という素晴らしい資産があるから大丈夫」という思いが激しく交錯していました。当時は借り入れが売上の5倍近くあり、その状況で継いだので自己破産も覚悟していました。お金は使えないので、まず人の改革から着手しました。組織体制を整えるために、従業員全員にこれからの会社の方向性に賛同できるか否かを確認し、「個々のお客様からの評価を上げ、ファンになってもらわないと生き残れない。ホスピタリティーを高め、サービススキルを今すぐに磨き上げてほしい」と伝えました。しかし、昔から団体旅行のお客さまを効率よく捌くのが仕事だと思っていた方々に、お客様1人1人に対しての細やかなサービスを求めても、なかなか変わってくれません。結果、辞めていく人と新しく入ってくる人が入れ替わっていき、社員と一緒に自分たちが進みたい方向を模索できたことは良かったと思います。

塩川:人の改革からはじめられて、それからどのように旅館は変わっていったのでしょうか。

小原:当時はちょうどインターネットが普及してきたタイミングでした。当旅館でも自社サイトはあったのですが、あの当時は予約も1人1人メールでやり取りをしていましたのでとても大変でした。そこにオンラインの宿泊予約サイトなどが登場し、タイムリーかつリアルタイムにつくりこんだプランを販売していくことで売上が立てるようになりました。人が変わってサービスがよくなり、インターネットという新しいインフラを早い段階で活用した集客が功を奏しました。

塩川:そこから道筋が見えてきたのですね。そこでやはり、売りにするのは御船山だということで、「庭屋一如」のコンセプトに行き着いたのでしょうか。

御宿 竹林亭

小原:そうですね。私が28歳で戻ってきたときに、やはりこのお庭は世界に通じるすごいお庭であるし、御船山のツツジの風景は万人も圧倒する美しさであり存在感があるので、もっと多くのお客様にきてもらえる空間のはずだと思いました。当時はまだ年間入園者数は1万人ほどで、メインである春のサクラ、ツツジの時期以外はほぼ閑散期でした。それをもっと世の中に知ってもらいたいし、会社再生の切り札にしたいという気持ちがありまして、例えば花まつり、紅葉まつりやライトアップのイベントの前には、自作の企画書やプレスリリース、CD画像集をつくり、テレビ局やラジオ局、雑誌社への取材や掲載のお願いに奔走しました。そうした取り組みの成果もあって、徐々に集客数が増え、近年では年間25万人の入園者で賑わうまでになりました。御船山やその麓に広がる美しいお庭がなければ会社を継いでいなかったかもしれないですね。

塩川:ここに鎮座している御船山を見上げて活かし方を考えたのですね。御船山を主体とした「庭屋一如」のコンセプトについてあらためて教えていただけますか。

小原:「庭屋一如」とは、庭(自然)と建物の調和がとれて一体になるように設計された空間のことです。例えば20世紀を代表する建築家のジェフリー・バワの建築も「庭屋一如」だと思うのです。アマンリゾーツもまたしかり。私もバリのアマンダリに行きましたが、本当に自然の中に佇んでいて、一体感を感じるのです。人の営みは自然とは切り離せませんし、自然の中で佇んでいるだけで心地よさを感じるときがありますよね。その感覚をできるだけ広大なスケールで、御船山の15万坪の空間でお客様に感じていただけたらと思います。

塩川:そこに風が吹いたり波があったり、木の揺れがあったり、そういうものを含めて滞在を楽しんでいただくということですね。私も、結局「自然の心地よさには勝てない」ということを思います。そういう境地をいかに建物としてつくっていくか、どう追求していくかですね。

御宿 竹林亭御宿 竹林亭

小原:はい、御船山楽園は2017年で開園174年を迎えるのですが、今に至るその数百年の年月の中で、蓄積された自然や人の営み、歴史・文化の情報があることはすごく贅沢だと思います。そういう空間に、新たに何かを足したり引いたりしながら、より多層的な空間にしていければと思っています。例えば、竹林亭の建築様式である数寄屋造りも、いろいろな人が様々な模索をしながら数百年かけて様式美を考えてきたわけです。当時の日本人の身長もあったと思いますが、天井が低い数寄屋建築はその縦と横の比率が居心地を左右すると考えられ、今日まで受け継がれてきたのかもしれません。そうしたことを学び、汲みながら、変えてよいものと変えてはいけないものを見極めて、伝統と革新を両立していけたらと思います。

塩川:映り込んでいる葉の動きですとか、ふつうの旅館さんではここまで考えないですね。

小原:例えば窓ひとつにしても、空間を切り取ったようにしたかったですね。窓の奥に笹があって、桜の枝が横に入っている。春に、桜が咲くととてもキレイだろうなというイメージでつくりました。自然の豊かさを切り取るということは、屋内だからできることでもありますし、制約のある中で豊かなものを表現することは、日本人が古来から得意とし、大切にしてきた精神ですよね。

御宿 竹林亭 代表 小原 嘉久

御宿 竹林亭 代表

小原 嘉久

1975年佐賀県生まれ。大学卒業後、ホテルスクールを経て、旅行会社に入社。2003年(株)御船山観光ホテルに入社。2007年より代表に就任(御宿 竹林亭・御船山観光ホテル・御船山楽園)。現在に至る。

Onyado Chikurintei

Onyado Chikurintei

佐賀県 > 嬉野・武雄

15万坪もの敷地からなる御船山楽園の中に佇む、「御宿 竹林亭」。壮大な御船山と、四季折々の自然に溶けこむように作られた宿は、まさに「庭屋一如」の世界。日本の四季を愛でる喜びを感じる旅にでかけませんか。