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第2章 「温泉は」を「温泉も」に変えるために

奥津荘

塩川:地元へ戻られて2年少々、いよいよ実家へ戻られるタイミングがくるわけですが、どういったきっかけがあったのでしょう。

鈴木:それは奥津荘の改修のタイミングでした。それまで10年近く、毎年修繕として数百万をかけてきましたが、修繕では間に合わないほど老朽化も激しいので、そろそろ全面的に改装しようと思うと親から言われたのです。それで銀行からの借入れをどう返済していくのだろうと思いました。今の親の考え方で経営していたらきっと奥津荘はなくなっているだろうと。そこで、26歳で奥津荘に戻ることに決めたのです。その頃から、会社の休日と業者さんとの打ち合わせの日をあわせまして、ここはこうしたい、ああしたいというのを素人ながらに口出しさせていただいて、というところからはじまりましたね。

塩川:実際に奥津荘に戻られて、どのような心境だったのでしょうか。

奥津荘

鈴木:最初に気になったのは、チェックアウトされるお客さまがおっしゃった「温泉はよかったよ」という言葉でした。「は」ということは、それ以外はよくなかったというのが心の中にあるのかなと思ったのです。奥津荘の場合は温泉がいいのは当たり前で、その部分しか評価されないということがとても悔しかった。「温泉は」を「温泉も」に変えたいと思いました。

塩川:そのために、どのようなことをされたのでしょうか。

鈴木:奥津荘に戻ってから、最初の2年間で170軒の旅館を回りました。それを通して、奥津荘との差、逆に奥津荘との共通点を知りたいと思ったのです。自分がいいと思ったからには、その旅館には絶対に何かしらのヒントがある、それを解明したいということで歩き回りました。

塩川:奥津荘の変革のために、北から南まで2年間で170軒を回られたのですね。そこで見えてきたものはありましたか。

鈴木:ありますね。出会いもありました。

塩川:そこで知見が広がり、出会いがあり、自分たちの強みや弱みが見えてきて、どうしたら業界をよくできるかという発展的な話しになっていくのですよね。

鈴木:当初はそれぞれが自分の宿をどうするかということばかりでしたが、だんだんとそういった話になっていきましたね。そうした中で出会った業界の先輩から、一の宿倶楽部(個性ある小規模旅館のコンソーシアム)に加盟している宿のメンバーで研修旅行に行くので、一緒に学びに行こうとお誘いいただきまして、同行させていただき当時のメンバーのみなさんと初めてお会いしました。そこからのご縁が、今もずっと続いています。

有限会社奥津荘 代表取締役 鈴木 治彦

有限会社奥津荘 代表取締役

鈴木 治彦

1978年、岡山県出身。料理の専門学校を卒業後、旅館業以外の様々な職種を経験。地元・奥津温泉に戻り、2013年に「名泉鍵湯 奥津荘」の4代目社長に就任。

OkutsuSo

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岡山県 > 津山・美作三湯・蒜山

「鍵湯」と呼ばれる源泉かけ流しが自慢の極上の湯宿、名泉鍵湯 奥津荘。和風でありつつどこか現代的な、伝統あるこの宿で、歴史を肌で味わう旅はいかがですか。