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第2章 オープンとクローズ、ふたつのターニングポイント

塩川:ホテル人生のスタートは、どんな様子だったのですか。

野口:最初は驚くこと、わからないことばかりでした。周りはもちろんホテル経験者ばかりでしたから、ホテルを知らない自分に引け目を感じることもありました。でも、料理長をはじめとして、ホテルにはその道のプロが集まっていますよね。それなら、自分もマーケティングのプロとして存在感を発揮しようと思ったんです。最初はもちろん現場に迷惑もかけましたが、最後には「野口さんが言うなら」と信頼を得ていく仕事ができるように努めていました。1年半ほどかけて、「ホテルの開業」という仕事について学びました。

塩川:ここで、一気にホテルの奥深さを知ることになったんですね。そして、いつの間にか片足どころか両足を…。

ハイアット

野口:そうですね。それから5年後、あるホテルの再生のために北海道へ出向いたのですが、翌年の3月にホテルを閉館することになって。今度は、「ホテルの閉業」に関わることになったんです。最後のお客様がチェックアウトされ、正面入り口に深く鍵がかかって、ロビーの灯りが消されて。3月の北海道ですから雪もある時季で、それはなんとも言えない寂しさでした。まるでホテルの命がそこで終わったような感覚でした。そしてそのとき、もし私がホテルを作るなら、絶対に終わらせてはいけないと思ったんです。ホテルのプロとしてオーナーに対するリターンを生み出し、不動産としての価値をあげ、その土地で何十年も輝くようなホテルにしなければならないと。

塩川:野口さんにとって、これはひとつのターニングポイントだったんでしょうか。南で開業を、北で閉業を経験されて、と…。

野口:あの年は、忘れられない年です。実は、3月にホテルが閉館した後、4月に母を亡くしているんです。閉館の準備もあり、帰省して病床の母を見舞うことが出来ませんでした。娘にとって、母を亡くすというのはとても大きなことです。3月と4月に公私で大きな出来ごとを一度に迎え、さすがに立ち直るのに時間がかかりました。

塩川:野口さんにとって非常に大切な帰る場所や思い出を、ふたつ同時になくしてしまったという風に重なるわけですね。

野口:本当にそうですね。その後、ホテルの現場を離れてアーサーアンダーセン・グローバルマネジメントディレクションズへ移りました。当時多くあった赤字のホテルを、ターンアラウンドさせるのか、それとも売却するのかというコンサルティングの仕事に携わっていたんです。なかには、需要規模を全く予測することなく建てられたのかと思うほどシビアなプロジェクトもありました。マーケットがどんなホテルを求めていて、どんな価格で売って、どんなお客様を呼びたいか、ということを考えてホテルが作られていなかったんです。

ハイアット

塩川:会社の利益を優先する、安易なものが作られていたんですね。その後、野口さんはハイアットへと舞台を移されていますね。

野口:ホテルを離れてアーサーアンダーセンへ入り、オーナー目線や投資家目線になれたことは私にとって貴重な体験でした。ただ、コンサルタントとしてではなく、自らの手で結果を出したいという気持ちで、ホテルの現場に戻ることにしたんです。当時は旧御三家(※1)に続いて新御三家(※2)が登場し、業界全体が外資に目を向けていたんですね。その新御三家のひとつであるパーク ハイアット 東京からお誘いを受けて入社し、セールス&マーケティングディレクターとなりました。入社後、部長にもかかわらず連日ひとりで夜中まで業績分析をしていたことを思い出します。その感覚やコンサルティングの経験がなかったら、その後にハイアットから「総支配人として箱根(※3)の立ち上げを」というオファーを受ける決意はできなかったかもしれません。

塩川:オーナーや投資家目線で、客観的に「確かさ」を見てきた立場からすると、ホテル側にいるときとは見方が全く違っていると。開業と閉業の双方を経験されたこともそうですし、日本のホテル業界が大きく動いた時代の中で、ホテルビジネスのあるべき姿をとても考えられたんですね。現実の厳しさから目を背けてはいけないという使命感を強く感じます。

※1:帝国ホテル東京、ホテルオークラ東京、ホテルニューオータニ東京

※2:フォーシーズンズホテル椿山荘 東京(当時)、パーク ハイアット 東京、ウェスティンホテル東京

※3:ハイアット リージェンシー 箱根 リゾート&スパ

ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄 総支配人 野口 弘子

ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄 総支配人

野口 弘子

1962年長崎生まれ。法政大学卒業。外資系流通業マーケティング部での勤務を経て、91年より長崎・ハウステンボス開業プロジェクト、ホテル会社のマーケティング部門を経験。99年より、アーサーアンダーセン・グローバルマネジメントディレクションズのホスピタリティ部門にてホテル経営コンサルティング等に従事。17年9月にハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄の総支配人に就任し、18年8月にホテル開業。

Hyatt Regency Seragaki Island, Okinawa

Hyatt Regency Seragaki Island, Okinawa

沖縄県 > 西海岸・東海岸

ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄は、ハイアット初の国内ビーチリゾート。ゲストの心と体を満たし、そして元気になれるような時間を提供するリゾートホテルです。