Welcome to Relux

大人が自然体でくつろげるオーベルジュリゾートとして、天城湯ヶ島とともにあり続けるarcana izu。これまでの歩み、そしてこの先の地域とarcana izuのあり方や想いを、支配人と料理長に伺いました。

ゲスト

株式会社Dress  arcana izu 支配人 佐々木 悟

株式会社Dress arcana izu 支配人

佐々木 悟

青森県出身。1991年国土計画株式会社入社、箱根プリンスホテルでキャリアをスタート。16年間の勤務の後、富士河口湖、賢島、鳴門、屋久島、沖縄本島、宮古島、東京都内などのラグジュアリーホテルの立ち上げ、運営統轄を経験。生け花草月流四級師範。

ゲスト

株式会社Dress  arcana izu 料理長 糸井 佑磨

株式会社Dress arcana izu 料理長

糸井 佑磨

埼玉県出身。辻調フランス校を卒業。2007年にarcana izuのオープニングスタッフとして勤務後、渡仏。フランス国家最優秀職人章を保持するファビアン・ルフェーブル氏に師事し、5年間その右腕として活躍。2016年、arcana izuの料理長に就任。

インタビュアー

株式会社 Loco Partners 取締役 塩川 一樹

株式会社 Loco Partners 取締役

塩川 一樹

1979年生まれ、立命館大学経済学部卒。株式会社ジェイティービーを経て、株式会社リクルートへ中途入社。旅行事業部にて、首都圏・伊豆・信州エリア責任者を歴任し約2,000施設以上の担当を歴任。2012年7月より株式会社Loco Partners取締役に就任。

第1章 岐路である、料理の世界へ

塩川:まずは、糸井さんのこれまでのキャリアについてお伺いできますか。

糸井:高校卒業後は、エコール 辻 東京に進学しました。2年目には辻調グループ フランス校に行き、その中の半年は実地で研修しました。学生ですが、現場に出たのはそれが最初で、キャリアのスタートです。

塩川:もともと料理人になりたかったのですか?

糸井:大学の受験勉強をしている中で、自分の将来について考えたときに、代用できない仕事に就きたいと思いました。それで色々なものを天秤にかけて、最後に料理が残ったという、どちらかというと消去法で決めました。ただ、幼少の頃から食べることに異常に執着があったことは事実で、僕は覚えていないんですが、幼稚園生のときに祖父がスーパーで豚バラを買っていると、「豚は脂が旨い方を選ぼう」と言ったりしていたそうです。

塩川:強烈な才能ですね。

糸井:それが料理を選んだことに直接つながったかはわからないのですが、総じて食べることが好きだと思いました。人生の選択で岐路だったんですよ。大学に進学してからでも遅くないと言われたりもしましたが、自分で保険を作りたくなくて、料理人になる、と決めたからにはもう後戻りできないようにしてやろうという勢いもありました。

塩川:どんどん退路を絶っていく感じがしますね。フランスに行ってみて、開眼するきっかけは何かありましたか?

糸井:ただ行ったという事実があるだけでは何も身に付かないと思っていましたが、「行ったことがある」という体験が2回目にフランスに行くときに活かされたと思います。

塩川:そこから社会に出ていかれるんですね。

糸井:フランスで働いていたお店で修行している日本人の方がいました。今はフランスで自分のお店をやっていらっしゃり、20年来の先輩で本当に信頼している方なんですが、その方にご紹介いただいて、巡り巡ってミクニグループに入ったんです。そのお店でひと通りの仕事をできるようになりたい、スキルを身に付けたいと思っていた矢先に、配属されていた丸の内のビルが取り壊しになったのです。その当時のシェフが、新しくオープンするarcana izuのシェフになることになったので、1年間の準備期間を経て、一番下の若手スタッフとして伊豆の地に足を踏み入れました。

塩川:そこで、最初のarcana izuですね。

糸井:そうですね・・・。23歳と若かったのもあり、東京が一番だと思っていたので、月に1回は必ず東京に帰るようにしていました。当時は自分のスキルを高めることが第一でしたし、自分の上司が必要としているものを先に察して動いていけば、ゲストを満足させられると思っていました。

arcana izu

塩川:まずその指揮系統の中で自分に与えられたミッションをしっかりやりきる、それが100%だと。ちなみに、糸井さんの今の力量が100だとすると、そのころの糸井さんはどのくらいですか?

糸井:今が100ですか。3くらいじゃないですか。

塩川:本当に黎明期ですね。

糸井:そうですね。取り巻く環境は自分にとって合っていたので楽しかったんですが、常に焦りや葛藤のなかで料理をつくっていました。後に退けないとか変な意気込みみたいなものがあったので、それが退屈に感じることもあって。

塩川:もっとできるんじゃないか、という気持ちは常に持っていたわけですね。最初にarcana izuにいらしたのは2年間で、その後に2度目の渡仏ですね。きっかけはあったのでしょうか?

糸井:最初にフランスに行ったときの日本人の先輩に相談し、個人店で当時一つ星のレストランを紹介していただきました。そこで出会ったシェフが僕の師匠です。

塩川:そこでの5年間は、どんな5年だったんでしょうか。

糸井:僕の料理人人生の中のDNAの98%です。学生の時に行ったのと決定的に違うのは、多少仕事ができるようになっていたことですね。向こうのレストランに入店して、多少は通用する技術にまではなっていました。

塩川:一方で、師匠の姿を見て自分との差はまだ見えるわけですか?

糸井:差とかいうレベルの問題じゃなかったですね。最初は衝撃というか。料理に人生を捧げてはいるんですが、余暇も楽しむ。ただ、とにかく料理のことを常に考え続けているので、無限に引き出しが出てくるんです。正統なフランス料理技法を持ちながら、自分を取り巻く環境、自分が歩んできた道や過ごし方など、自身の愛着あるものをすべて料理に反映するんですよ。その料理スタイルに憧れや尊敬の念をいだきました。

塩川:お料理の定番はありつつも、季節やその年によって内容が違ってくるんですね。どんどん進化していくお料理を見てこられたんですね。

糸井:そうですね。彼に「料理の勉強のためにフランスへ来たので、すごく勉強になっています。」と伝えたら、「お前が来てくれたおかげで色々な刺激をうけて自分の料理にも反映できている。勉強になるのはお互いさまだ。」と言ってくれました。すごく感動しましたね。よく「楽しいことはすぐ過ぎていく」と言いますが、僕は全く逆でとんでもなく長かった、10年とか20年そこにいたみたいな感覚ですね。

arcana izu

塩川:そこからついに2014年に帰国して、arcana izuとの2度目のご縁ですね。

糸井:帰国後は違うところで働こうと思っていましたが、フランス南部の田舎町にいたので、自然豊かな環境で料理を作ることが良い、という気持ちが徐々に芽生えていきました。そんな思いがある中でご縁があり、再度声をかけていただきました。やっぱり頭の隅に伊豆が良かったというのがあったと思います。まずはシェフになろうと思って、arcana izuで働くことを決断しました。

塩川:戻ってきたぞ、という感覚はありましたか?

糸井:フランスでの5年が濃すぎたので、これからどうするか、という視野に変わっていましたね。ローカルであることがオリジナリティになりますし、フランス料理の料理人は「美味しい」と言われることはもちろん「オリジナリティがある」と言われたほうが嬉しかったりするので。

塩川:それを体現できそうだというわくわく感もあったわけですね。

株式会社Dress  arcana izu 支配人 佐々木 悟

株式会社Dress arcana izu 支配人

佐々木 悟

青森県出身。1991年国土計画株式会社入社、箱根プリンスホテルでキャリアをスタート。16年間の勤務の後、富士河口湖、賢島、鳴門、屋久島、沖縄本島、宮古島、東京都内などのラグジュアリーホテルの立ち上げ、運営統轄を経験。生け花草月流四級師範。

株式会社Dress  arcana izu 料理長 糸井 佑磨

株式会社Dress arcana izu 料理長

糸井 佑磨

埼玉県出身。辻調フランス校を卒業。2007年にarcana izuのオープニングスタッフとして勤務後、渡仏。フランス国家最優秀職人章を保持するファビアン・ルフェーブル氏に師事し、5年間その右腕として活躍。2016年、arcana izuの料理長に就任。

arcana izu

arcana izu

静岡県 > 中伊豆

静かな森に抱かれた、大人のためのオーベルジュ。四季折々の表情と、手付かずの自然との触れ合いがあります。天城湯ヶ島の新しい魅力を感じてください。