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群馬県みなかみのルレ・エ・シャトー加盟旅館、別邸 仙寿庵。その主人 久保氏が、長年親しんできたスキーから学んだことやみなかみへの想いを語ります。

ゲスト

別邸 仙寿庵/株式会社旅館たにがわ 常務取締役 久保 英弘

別邸 仙寿庵/株式会社旅館たにがわ 常務取締役

久保 英弘

1971年、群馬県みなかみ町出身。幼少期よりスキーを始め、2001年にはフランス・バルトランスで行われた世界選手権とスイスで行われたワールドカップに出場。大学卒業後、食品卸の会社に入社。退職後、旅館業を継ぎ現職。

インタビュアー

株式会社 Loco Partners 取締役 塩川 一樹

株式会社 Loco Partners 取締役

塩川 一樹

1979年生まれ、立命館大学経済学部卒。株式会社ジェイティービーを経て、株式会社リクルートへ中途入社。旅行事業部にて、首都圏・伊豆・信州エリア責任者を歴任し約2,000施設以上の担当を歴任。2012年7月より株式会社Loco Partners取締役に就任。

スキー経験から学んだ「やり続ける」姿勢

塩川:まず、久保さんのこれまでのご経歴、歩みを伺いたいと思います。

別邸 仙寿庵

久保:私は1971年3月17日生まれなのですが、小・中・高校、大学とスキーをしてきまして、オリンピックに出たいということがひとつの夢でした。スキーを続ける中で「やり続けること」というポリシーを持ちました。やり続けることによって夢を叶える、夢は掴めるものだという考え方が私の中にあるのです。

塩川:スキーの道に入ったのはどうのようなきっかけからだったのですか?

別邸 仙寿庵別邸 仙寿庵

久保:両親が旅館業で忙しかったために、やることがないからスキーに行きなさいと言われたことがきっかけでした。旅館から歩いて10分ほどのところにホワイトバレースキー場というのがあり、そこに近所の子と一緒に通っていました。夏には野球もしましたが、河原に行って潜ったり、魚を突いたりと、自然の中で遊びまわっていましたね。河原で遊んで、人の家の露天風呂に入って怒られたりもしていました。

塩川:活動的な子ども時代だったのですね。高校へ入学されてからはどんなことをされていましたか?

久保:高校はスキーの関係で埼玉に進学したのですが、そのときもやはりスキー漬けでしたね。体育コースに入ってスキーを続けていました。夏場は陸上部と一緒にトレーニングをし、冬場は12月なかばから合宿をして、1月にはインターハイや国体に出ていましたので、ほとんど授業には出席できませんでしたね。

塩川:大学に進学されてからもスキーを続けられたのですか?

久保:東京農業大学へ入学したのですが、大学へはスポーツで入ったわけではないのでもう部活はしなくてもいいと思ったのです。ところが、先にスキー部に入った仲間から声がかかりまして、「はい」と言って入ってしまいました。大学の部活というのは社会人と同じで、右と言ったら右、左と言ったら左。自分の意志よりは会社の方向に向かわなければいけないという雰囲気があるではないですか。それを大学で学びましたね。ルールも厳しくて、返事も「はい」ではなくて「押忍」と言わなければいけなかったり、学ランを着なければならなかったり、体育会にはそういうしきたりが多くあったのですが、それもひとつの伝統なのだと思いました。

塩川:スキーはどういった種目をされていたのですか?

久保:私は小学校ではアルペンスキー、中学で複合、高校ではクロスカントリー、大学ではスキージャンプも経験しています。このようにスキーは全部の種目をやってきたのですが、中学校でスキー部に入部したきっかけも、競技種目の選択も、すべてが自分の意志というよりも周りの人に動かされるようにしてきたのですね。中学のときにクロスカントリーを始めて、どれだけ練習しても勝てなかったのですが、高校になって入賞することができたのです。それが「やり続ける」というポリシーを持つきっかけになりました。

別邸 仙寿庵

塩川:やり続ければ夢は叶うという原体験をされたのですね。そして大学へ進学されてもスキーを続けられて、それまで培ってきたものが開花したのではないでしょうか。

久保:まさにそうですね。大学ではインカレに出場することを目標としていたのですが、東京では大学のスキー部のランクが1部から4部まであり、私たちは4部に属していました。そこからスタートして、アルペン競技、クロカン競技、ジャンプ競技、それぞれが健闘して最後の年に2部に上がることができたのです。私たちの代で2部校に上がって今は1部校になっていますが、その足がかりをつくったという経験から、「やり続ける」ことと、目標を設定したうえで何をすべきかを考えることが大切なのだと学びました。

塩川:オリンピックを意識されるようになったのはその頃だったのでしょうか。

久保:全日本クラスの選手と対等に戦える実力になって、やはりオリンピックに出たいという夢が出てきました。当時、ちょうどノルウェーのリレハンメルオリンピックがあってテレマークスキーに出会ったのです。それがバンクーバーかトリノでオリンピック種目になるかもしれないという話がありましたので、競技をはじめました。ここでも「やり続ける」ことで世界選手権の切符をつかみ、2001年にはフランスで行われた世界大会とスイスで行われたワールドカップに出場しました。「やり続ける」ということが自分の中でプラスになること、さらに「人がやらなさそうなこと」に早めに狙いを定めること。これが意外と重要なのです。

別邸 仙寿庵/株式会社旅館たにがわ 常務取締役 久保 英弘

別邸 仙寿庵/株式会社旅館たにがわ 常務取締役

久保 英弘

1971年、群馬県みなかみ町出身。幼少期よりスキーを始め、2001年にはフランス・バルトランスで行われた世界選手権とスイスで行われたワールドカップに出場。大学卒業後、食品卸の会社に入社。退職後、旅館業を継ぎ現職。

別邸 仙寿庵

別邸 仙寿庵

群馬県 > 水上・月夜野・猿ヶ京・法師

群馬県、みなかみに佇むルレ・エ・シャトー加盟の宿。美しい自然、しつらえ、湯、食…そのすべての融合を愉しめる一軒です。