Relux Journal

伊勢志摩の自然とともに、変わらず愛され続ける料理をご提供する総料理長・樋口氏。これまでのご経験、そして、志摩観光ホテルのレストランとして目指していきたい姿についてお話いただきました。

ゲスト

志摩観光ホテル  総料理長 樋口 宏江

志摩観光ホテル 総料理長

樋口 宏江

三重県四日市市生まれ、1991年志摩観光ホテル入社。「ラ・メール」シェフを経て2014年、志摩観光ホテル第7代総料理長となる。2016年には「G7伊勢志摩サミット」ワーキングディナーを担当。三重の豊かな素材と生産者への感謝の気持ちを込めた料理を発信している。

インタビュアー

株式会社 Loco Partners 代表取締役副社長 塩川 一樹

株式会社 Loco Partners 代表取締役副社長

塩川 一樹

1979年生まれ、立命館大学経済学部卒。株式会社ジェイティービーを経て、株式会社リクルートへ中途入社。旅行事業部にて、首都圏・伊豆・信州エリア責任者を歴任し約2,000施設以上を担当。2012年7月より株式会社Loco Partners取締役に就任。

第1章 「作りたい」の先にあった料理人

塩川:最初に、樋口さんのこれまでの歩みや、料理の道を目指すターニングポイントになった部分をお伺いできますか。

樋口:小さい頃から、家で作る料理の手伝いや、作ってもらったおやつを食べることが好きだったので、作ることが自分の仕事になればいいな、と思っていました。なので、わりと早い時期から、料理人を目指そうと思っていました。図書館で借りてきた本を見ながら作ったお菓子を、友達や家族に食べてもらい、「美味しい」と言ってくれる、その言葉に嬉しさを感じていたのが原点です。

塩川:ご家族に料理を振舞ったり、食べる美味しさを語り合ったりすることが日常としてあって、それに幸せを感じていたのですね。そこから料理の道に入られるきっかけは何だったのでしょうか。

志摩観光ホテル

樋口:小学生の頃にあった「料理天国」というテレビ番組で、料理の監修をされていたのが、後々料理を学んだ辻調理師専門学校でした。その頃は、フランス料理をいただく機会が日常にはなかったので、美味しいものを食べ歩くシーンや、先生方がお料理を作る姿を見て、フランス料理はどんなお料理なのだろうか、自分も作れるようになったらいいな、という憧れの気持ちを抱きました。それで、幼いころから調理師学校に行きたいと思っていました。

塩川:身近な料理から、その先に続いていくイメージが小学生の頃に出来上がったのですね。

樋口:そうですね。テレビで見たものを、「どんな味なのだろう」と想像したり、「作れるようになりたい」と思っていましたね。

塩川:辻調理師専門学校はどういった学びの時間だったのでしょうか。

樋口:元々料理が好きで専門学校に行きたい、という強い思いを持っていたので、毎日の授業が本当に楽しかったです。新しいことを知る日々でしたし、周りのみんなも料理人を目指していたので、語り合いながら学ぶことができました。

塩川:料理のことに触れる毎日に発見があって、周りの人との対話の中で、より、料理人を目指していく気持ちを極めて、さらに上昇していくような、すごく豊かな時間だったのですね。地元でのご就職となった、志摩観光ホテルに入社されるまでのきっかけや思いをお伺いできますか。

樋口:元々は、自分の家で、1日1組のお客さまにお料理をご提供するような小さなお店を持ちたい、というのが夢でした。ただ、それは学校を卒業してすぐにできることではなく、どこかに就職して、勉強をする必要がありました。私が専門学校を卒業する頃は、35人のクラスメイトのうち、女性が3~5人ほどしかいませんでした。料理人を目指す女性が少ないように、受け入れていただけるような企業も今ほど多くはありませんでした。実家に近い三重県内で就職できればと思っていたところ、先生が「志摩観光ホテルは女性も応募できるよ」と推薦してくださいました。もちろんその時、先々代
総料理長の高橋忠之さんもとても有名でしたので、そこで仕事をさせていただけるなら、と試験を受けました。迷いはありませんでした。

第2章 全員で作り上げるお料理

塩川:志摩観光ホテルにご就職された後、キャリアの変遷の中で、樋口さんが力量を上げていく段階があったと思いますが、樋口さんとお客さまとの思い出深いエピソードなどございますか。

志摩観光ホテル

樋口:高橋総料理長の時代にお越しいただいてから、もう何十年と通ってくださっていて、今でも年に3回ほどお越しいただくお客さまがいらっしゃいます。私たち料理人は、あまりお客さまの前にご挨拶に出ることがないのですが、そんな中でも直接お話の機会をいただけた、最初のお客さまです。今でもお越しいただくとお食事の後にはお話をしています。「今日の料理はどうだった」「ここはもうちょっとこうしたほうがいい」などの振り返りと、「最近こういうところに行って、こうだったよ」というおすすめのお店のお話を伺ったりします。最初にお話をした頃は、まだ自分が作れる料理なんてなく、お手伝いと、デザートを少し作っているような、若い頃でした。そんな時から声をかけていただけたお客さまだったので、本当にありがたかったです。

塩川:自分たちで振舞った料理をお客さまに召し上がっていただき、喜んでいただけるかどうかという対話が、樋口さんを作っていったのですね。

樋口:そうですね。総料理長になってからは、お食事の後にご挨拶に伺う機会も増えました。お褒めのお言葉も、時には厳しいお言葉もいただきますが、お褒めいただいた部分はもちろん、反対にお叱りを受けた部分も、自分の中でどうしたらいいかを考えながら、次に同じ失敗を繰り返さないように、そしてまたご満足いただけるように、と一緒に働くスタッフと共有しながら進めています。

塩川:私も昨日お食事をいただいて、生産者さまと樋口さんだけではなく、スタッフの皆さんとも、お客さまからのお言葉を共有していらっしゃるのではないかと思い、そこに感激しました。チームでお客さまにお料理をご提供されることに対する思いはありますか。

志摩観光ホテル

樋口:ホテルのような大きな所帯は、お店を構えるオーナーシェフの方のように、自分が市場まで出向いて食材を直接見て、それを買うことがなかなかできません。それが、サミットをきっかけに熱心に食材を作られている方や、いい食材を紹介したいという方にお会いしたり、実際に現地に伺ったりということが、行えるようになりました。新しい食材が増えていくことで、私が誘わなくても、サービスをするスタッフは「行きたい」と言ってくれます。彼らも実際に生産者さんにお会いして、お話をお伺いすることで、その食材に対しての思い入れが深くなり、お客さまへの説明にも力が入ります。実際に私たちが料理を作っただけでは伝わらない部分もあるので、言葉にしてくれることは、私としてはありがたいです。

塩川:「G7伊勢志摩サミット」でお料理をご提供されたという名声以上に、生産者のみなさんとのご縁をつなげていく、という仕事の深みを得られたのですね。昨日お食事をしていても納得できた部分でした。とっても美味しかったです。

第3章 伊勢志摩でしかできない食体験を

塩川:昨日いただいたメニューに、「自然の恵みに感謝の気持ちを込めて
繋がるすべての思いがお皿の上に届きますように」と書いてありました。伊勢志摩の海と山があって、伝統のお料理があって、そこにアレンジもされていらっしゃるので、料理を通して伊勢志摩を旅行しているような気持ちになれました。このような、食事と宿泊体験がセットになっていることに対して、樋口さんが特に伝えたいことはありますか。

志摩観光ホテル

樋口:「食事をしていただく」という食体験が、ここでしかできないものでありたいという思いがあります。いらっしゃるお客さまに、ちょっと遠くまで旅をしてでも、志摩観光ホテルに行ってこういうものを食べてみたいとか、こういう経験をしてみたいと思っていただけるようなホテルでありたいと思っています。なので、食事もここでしかできない体験の1つとして、楽しんでいただきながら、心も豊かになっていただきたいです。

塩川:実際に、地域環境へ配慮されていると感じました。そのあたりのご実感はありますか。

樋口:そうですね。私が志摩観光ホテルに就職をしてから10年くらいは無我夢中に、できないことをできるようになりたい、という思いで一生懸命に仕事をしておりました。先々代の高橋総料理長は、ここにしかない食材で、ここでしか味わうことのできない料理を提供しようとしていました。ごちそう感があって、地元で採れる伊勢海老や松阪牛を出して、非日常の体験をしていただきたいとの思いです。そして、地元の食材とフランス料理の技法を使った料理をつくることにこだわりがありました。そういう考えを私も素晴らしいと思っています。なので、ホテル以外に修行に行きたいという気持ちも起きませんでした。ただ、メインとなる伊勢海老やアワビなどが獲れる背景を考えると、この食材は今後もずっとあるという保障はありません。「持続可能性」という言葉を聞くことも増えましたが、私自身も漁港に出かけ、漁師の方のお話を伺ったりして初めて、何十年も前から、禁漁期を設けたり、網を制限したり、いただく食材はすべて「持続可能性」を考えて、漁獲量を調整していたものと知りました。そういう土地で仕事ができていることに感謝していますし、生産に携わる方が、この先何年も資源を守るということまで考えてきたのはすごいことだと思っています。

塩川:サミットをきっかけにした生産者の方とのご縁があり、生産の現場で歴史的に大切にされていることもあり、さらに、生産に携わっている方に対するリスペクトもある。そのようなご縁を、これからも繋いでいかれるということですね。食が提供できる価値は可能性が大きいですね。今後、樋口さんが目指していかれるお料理や、ホテルの在り方を教えていただけますか。

樋口:ホテルは伊勢志摩国立公園の中にありますので、自然環境が劇的に変わることはないと思っています。熱い思いを持った生産者の方とのご縁を広げることで、食材も増えていきます。多くの生産者さんの想いとともに、食材を大切にいただいて、お客さまにここで楽しい食体験をしていただきたいと思います。食にまつわる部分として、今後のホテルの在り方では、連泊して楽しめるコンテンツを提供していきたい、と思っています。食にご興味があるお客さまと、市場とか、漁港とか、畑とか、生産者さんのところを伺って、それをその日の夜のお食事にお召し上がりいただければ、その方たちの思いも伝わります。「これ、今日の朝見てきたものだね」と食材に対しての思いを知ることで、より心に残るひと時になると思います。そういった食の体験をしていただけるような、宿泊のカタチをご提供していきたいです。

塩川:食や、食の体験をより豊かにすることが、志摩観光ホテルの良さであり目指していきたいところ、ということですね。

樋口:そうですね。

塩川:実は以前、志摩観光ホテルに2泊で泊まらせていただいたことがあります。2日目にクルージングで、地元の方にご案内いただきながら、魚介の話を聞いたり、志摩観光ホテルの歴史を聞いたりして。そのうえでご夕食いただいたら、やっぱり、さらに美味しかったです。この地域の食材をいただくありがたさとか、それを提供しているスタッフのみなさんの、明るい笑顔での説明とか、地域を伝えていただけるというのは1つの食を中心とした宿泊体験の未来のあり方かなと思いました。とてもいい経験になりました。

志摩観光ホテル

お客さまも、今までの伝統的なお料理に満足されてきたと思うのですが、今後、樋口さんらしさをより作っていくというチャレンジもあるのかなと思います。先々代に対するリスペクトと、ご自身のカラーを出していく先に、樋口さんの名物を作っていくこともあると思いますが、そのあたりはいかがでしょうか。

樋口:志摩観光ホテルは、歴史や、看板料理があるからこそ、変わらないものを求められる、日本の中でも珍しいレストランであると思っています。なので、変わらないものを求めてこられるお客さまに対して、いつでもご提供できる力を持っておきたいです。もちろん、何度か通っていただけるお客さまの中には、「次は何を食べさせてくれるのだろう」という、新しい食の発見を求められる方もいらっしゃるので、そういう方のためにも、新しいお料理も開発していきたいですね。あとは、食材も、生産物も、もっと掘り下げていきたいです。その中から生まれるお料理で、ご好評をいただけた一品ですとか、自分たちの中で良い、と思うものを作り続けることで、新しい名物料理となっていけばいいな、と思っています。

塩川:新しい名物料理を楽しみにしたいと思います。本日はありがとうございました。

志摩観光ホテル

写真:金光 穂夏 / 文:伊藤 里紗

志摩観光ホテル  総料理長 樋口 宏江

志摩観光ホテル 総料理長

樋口 宏江

三重県四日市市生まれ、1991年志摩観光ホテル入社。「ラ・メール」シェフを経て2014年、志摩観光ホテル第7代総料理長となる。2016年には「G7伊勢志摩サミット」ワーキングディナーを担当。三重の豊かな素材と生産者への感謝の気持ちを込めた料理を発信している。

志摩観光ホテル ザ クラシック

志摩観光ホテル ザ クラシック

三重県 > 志摩

戦後初の国内リゾートホテルとして、1951年開業。多くの賓客をお迎えしてきました。歴史と伝統の中で受け継がれてきた「おもてなしの心」でお迎えします。

志摩観光ホテル ザ ベイスイート

志摩観光ホテル ザ ベイスイート

三重県 > 志摩

夕暮れが映える大人のリゾート。英虞湾の美しいリアス式海岸と萌える緑に包まれた伊勢志摩国立公園の中に佇み、非日常のリゾートステイを叶えてくれます。