第3回 「ホテルの使命」を果たすために。新たな100年を歩む東京ステーションホテル

東京ステーションホテル

2015年に開業100周年を迎え、「これからの100年」への一歩を踏み出した東京ステーションホテル。「ラグジュアリー」の本質やホテルマンが果たすべき使命、そしてこれからのホテルのあり方を総支配人の藤崎氏が語ります。

ゲスト

東京ステーションホテル 常務取締役総支配人 藤崎 斉

東京ステーションホテル 常務取締役総支配人

藤崎 斉

1956年、東京都出身。立教大学卒業。2011年より東京ステーションホテル開業準備室室長に就任。2012年より同ホテルの常務取締役総支配人を務める。2013年に「ホテリエ・オブ・ザ・イヤー」を受賞。

インタビュアー

株式会社 Loco Partners 代表取締役(当時) 篠塚 孝哉

株式会社 Loco Partners 代表取締役(当時)

篠塚 孝哉

1984年生まれ。07年株式会社リクルート入社、11年9月に株式会社Loco Partnersを設立し、代表取締役に就任。2013年3月にReluxをオープン。趣味は旅行、ワイン、ランニング、読書など。

目次

宝石のようなホテルと出会うまで

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篠塚:ホテル業界に30年以上いらっしゃる藤崎さんですが、業界に入られた最初のきっかけは何だったのでしょうか?

藤崎:大学での専攻は経済学でしたが、学部外講義でホテル観光学科の講義を受けたことや、親族が旅館を経営していたこと、仲の良かった従兄弟が帝国ホテル東京様に入社し、よくホテルの話をしてくれたこと等がきっかけです。身のまわりで「宿屋業」をしている人がいたので、ホテルは小さい頃から身近だったかもしれません。もともと他の企業に就職を検討していた自分がホテルの世界に足を踏み入れたのは偶然のようなところもありますが、その後、赤坂のヒルトンが新宿に移転するタイミングがあり、ヒルトン東京のOBの方が、「ホテルビジネスをライフワークにするのなら、本格的なグローバルカンパニーで勉強すべき」と背中を押してくださってヒルトン東京に転職しました。

篠塚:当時はまだ転職も一般的ではなかったと思いますが、ヒルトン東京ではどういった業務を担当されていたのですか?

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藤崎:外資系ブランドがあまり日本に進出していない時代で、業界全体での人の流動性は高くはなかったですね。ただ、ヒルトン東京そのものは「ホテル学校」とも呼ばれていたほどで、OB・OGの方は幅広く業界へ出て行かれていました。業務としては、フロントクラークとして1から業務を学び直し、その後も主には宿泊部門を歩みました。

篠塚:そうして経験を積まれて、18年ほどヒルトン東京にいらしたのですね。

藤崎:ヒルトン東京の在職中に他のホテル様からお声がけを頂いたことはあったのですが、やり切ったという自覚がなかったのですべてお断りしていました。「もう十分ではないか」と言われても、自分の中ではきちんと軌跡を残せたという納得感はなく、仲間とともに業界初の試み等にチャレンジし続けていました。それからしばらくして、ウェスティンホテル東京に舞台を移して宿泊部門を担当し、のちに副総支配人に就任しました。ヒルトン時代から、手探りながらも業界の先陣を切って、1995〜2000年代のインターネットの興隆で生まれたオンラインビジネスを積極的に進めていった時期でもありました。

篠塚:その後、ウェスティンホテル東京に4年ほどいらっしゃったと伺っています。その中で達成されたことも多いと思いますが、さらに次の転職先ではどのようなことを担当されていたのでしょうか?

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藤崎:次の転職先であるJALホテルズでは本社の入社だったので、現場だけでなくコーポレートにおける企業マネジメントを学ぶことができました。当時は親会社である日本航空のファイナンスの問題が表面化していた厳しい時期でしたし、各プロパティオーナーの期待や周囲からのプレッシャーも大きかったのですが、逃げずに国内外の課題に向かっていったと思います。その後、経営体制が変わり、営業本部長として中期計画の策定などをおこない、オークラグループとのシナジー効果を出すために1年を費やしました。

篠塚:ご自身のなかで、責任を果たした、やり切ったという思いをあらためて持たれたのですね。その後、また転機があって現在の東京ステーションホテルに出会われて。

藤崎:そうですね。東日本大震災のあと、2011年7月に開業準備室への参画が決まりました。それまでしばらくコーポレートサイドにいましたが、また現場に戻ってみたいという思いもあり決心した背景には、東京ステーションホテルの可能性がとにかくまぶしくて、自分のキャリアのすべてを投じてみたいという想いがありました。日本で唯一の重要文化財の中にあるこの名門ホテルは、小規模ながらグローバルブランドと遜色ない価値を発揮できるはずだと。その時は、具体的にどこまで行けるか分かりませんでしたが、確かな可能性と価値を持った宝石のようなホテルだと確信していました。

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「総合力」とラグジュアリーの本質

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篠塚:東京ステーションホテルの開業準備室に入られて、特に印象的だったことはありますか?

藤崎:本当に色々なことがありましたが、すべては「人」です。東京駅丸の内駅舎の保存・復原プロジェクトに関わった延べ78万人の方々の挑戦や、このホテルに賭けてみたいと集まってくれた仲間たち。再開業のタイミングですから即戦力も必要ですが、ここはあくまで新しい価値を発信するホテルであり、ミッションや柔軟なオペレーションをゼロから創り上げることも必要だと思っていました。そしてお客様にきちんとサービスをお届けできるかどうかは、すべて私が責任を取る覚悟だと。

篠塚:すべては「人」というところから歩き出されたのですね。建物や歴史にフォーカスがあたることが多いと思いますが、お客様から見た東京ステーションホテルの一番の強みはどこにあるのでしょうか。

藤崎:「総合力」ではないでしょうか。すべてが最高でなくとも、それぞれがバランスよく配された居心地の良い空間をお客様にお届けできていると思います。私たちのおもてなしの定義は、「装い、設え、振舞い」です。この3つが揃っていないと、本当のおもてなしではない。ユニフォームひとつにも必ず意味があり、設えにはストーリーがある。振舞いの部分だけが日本のおもてなしとして取り上げられがちですが、それだけでは十分ではないはずですし、それぞれのディティール(細部)に徹底的にこだわることが必要だと思っています。

篠塚:たしかに、おもてなしというとイメージされやすいのは無形のサービスですが、実は3分の2は有形の装いや設えで、すべて揃ってはじめておもてなしであるということですね。

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藤崎:特に、設えの部分についてはよくお客様の声を頂きます。「あまりにも居心地が良くて、客室から一歩も出ませんでした」、「旅先で初めて熟睡できました」というのはまさに、デザインや居心地の視点でベッドや空調、ライティング、インテリアなどに細かくこだわりバランスよく配しているからだと思っています。しかし、私たちはおもてしについて「高級」や「ゴージャス」と謳ったことは一度もなく、目指すのはあくまで洗練された居心地のよい空間です。当初は「ラグジュアリー」や「高級」、「ゴージャス」といった表現をきちんと区別できずにいたのですが、ある外資系ホテルの総支配人からそうではないとご指摘を受けました。その方は「東京ステーションホテルこそが、心の豊かさや居心地の良さを具現化できる、数少ないラグジュアリーな場所だ」とおっしゃったのです。目からうろこでした。それから、ラグジュアリーの本質やリュクスな世界とは何かを真剣に学び、このホテルはそれらを実現する可能性を持っているのだと実感しました。

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篠塚:ラグジュアリーの本質について、とても共感させていただきました。「Relux」は、実は安息(relax)とラグジュアリー(luxury)を掛け合わせた造語なのですが、ラグジュアリーというのは形のあるモノではなく、体験や贅沢な時間であると定義しているのです。

藤崎:昨今、企業経営で重要なことは体験価値をどれだけ高められるかであり、モノからコトへ消費の舞台が移っていると言われます。現場で顧客接点での時間を共有すると、今後その流れはますます加速すると感じます。経験や時間など、モノに左右されない豊かさがラグジュアリーの本質になり、多くのインパクトを与えていくと。私もこれまでの経験から、ビジネスに必要な様々な方程式は身につけてきたつもりですが、顧客接点ではその方程式が当てはまらない場面が多くありますし、方程式が中長期的に有効なものかどうかも検証しなくてはなりません。最後に一番大切なのは、体験価値、かけがえのない記憶や思い出、時間といったものであり、お客様やスタッフといった「人」をデータのみで捉えるのではなく、それぞれの人の想いのそばにいなければと最近強く思います。

「共感」が生むストーリーをつなぎ続ける100年へ

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篠塚:お客様やスタッフのひとりひとりに向き合うなかで、印象的なエピソードはありますか?

藤崎:スタッフがよいエピソードを作ろう、と構えていることはないと思います。重要文化財の中にある唯一無二のホテルで、「私たちはサービスを提供するのではなく、お客様と共感するのである」と日頃から伝えています。そして、私は現場長としてお客様とスタッフが共感しあえる環境を用意しなければならない。そうした中で「共感」を実現できたと思えるお客様から、「接するスタッフの方たちが本当に一生懸命で、優しくて、生きる力をもらいました。私も明日からまた頑張ってみようと思いました。この日のことは忘れません。」というコメントを頂いたことがあります。他にも、大きな手術の前にお越しになったお客様が術後のある日、奥様とご一緒に再訪されました。その方が前回は手術前で控えていたビールを飲みたいと思っていたことを知った若い女性スタッフは、自分の判断でビールを用意したのですね。するとお客様は、ビールを口にして「一杯がしみた…。本当に嬉しかった」と。共感するとはそういうことだと思うのです。目の前のお客様のために一生懸命になり、共感し、全力を尽くすのであれば、そこに決まりは要らないと思っています。

篠塚:その決まりすら無くてもいい、と。

藤崎:決まりには意味がなく、お客様にきちんと向き合い、一生懸命になればそれでいいのではないかと。もちろん、判断を誤ることもありますが、ミッションステートメントの中で目指すべき北極星の場所と方向性は伝え続けていますし、「まずはやってみなはれ」と。さらに、顧客接点の品質向上こそが最重要であると考えています。それらを推進しマネジメントをする立場としては困難も多くありますが、お客様と接している若いスタッフたちの頑張りを見ると、マネジメントの悩みや苦労というのは、たいしたことではないと感じます。共感という価値とストーリーを、常に館内の至るところで生み出しているのはスタッフです。そのことを考えると、マネジメントの私たちもさらに頑張らなければ、またスピードを上げなければと思います。

篠塚:2015年に開業100周年という節目の年を迎えられて、これから先はどのように歩まれるのでしょうか?

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藤崎:2016年は東京ステーションホテルの101年目で、つまり次の100年間の初年度にあたるので、足場固めをしたいと思っています。いわゆるプラットフォームの構築です。2014年に掲げた基本運営方針は「進化」、2015年は「スピード」でしたが、まだやり切っていない部分を残したまま急いで来てしまった感もあるので、再び原点に立ち返ろうと。これからの5年、10年、決してぶれることのないものを作っていく1年にしようと思っています。2012年から2013年は開業ブームがあり、その後に東京駅の100周年、翌年に東京ステーションホテルの100周年とイベントが続いていました。今年はそれらがない年ですから、開業時の希望や夢、パッションをつなぎ直していこうと。自分たちの実力が試される1年であるという覚悟を持って臨んでいきたいですね。

篠塚:東京ステーションホテルとしての土台を作り直す1年ということですね。

藤崎:まさにそういう年にしようと思っています。ただ、このホテルの価値は「スペックではなくストーリーにある」という基本的価値は変えずに。この場所には、100年前に中央停車場(東京駅)を造った人々、2006年から保存・復原に関わった方々の挑戦や想い、そしてホテルの開業から100年間で生まれたお客様との数々の出会いがあります。お客様は、そうした100年間の想いや物語に期待されてお越しになります。東京ステーションホテルはReluxグレードで三ツ星となっていますが、それは「日本を代表するホテルであり、どんなに遠くても人生に一度は訪れてみたいホテル」という定義です。実際に、「生涯最後の思い出」とおっしゃってお越しになる方が本当に多くいらっしゃいます。

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これからのホテルのあり方と、ホテルマンの使命

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篠塚:これから先の100年も、一生に一回の大切なご旅行をお預かりし続けることへのプレッシャー、責任はもちろん大きいですよね。

藤崎:私たちは何をすべきか、一生に一回のご旅行を任せていただいて大丈夫だろうかと緊張するスタッフもいるかもれませんが、それが私たちの使命だと思っています。もちろん、そうした場面では全力でスタッフを支えます。そして、過去の経験をふまえると、業績改善することはマネジメントの責任とはいえ、数値改善に集中しすぎてしまうと短期的な結果に終わってしまうことがあります。もちろん、各種KPIマネジメントは必要ですが、中長期的な成功を望む場合、やはりお客様から支持され続ける以外には方法はありません。

篠塚:テクニカルな方法は短期的には有効でも、中長期的には絶対に落ち込むことが分かると。

藤崎:たとえば、単なる需給バランスを基にする従来の「レベニューマネジメント」一辺倒のやり方ではなく、そこに「レピュテーションマネジメント」を加え、2つの「RM」を重ねる方法が良いと考えています。レピュテーション、つまりお客様がこのホテルに訪れて感じたことや、価格に見合っていたかどうかという顧客による客観的評価を知ることが何より重要です。東京ステーションホテルのアンケートには「価格に見合っていたか」、「知人や友人におすすめできるか」という2項目は必ず入れています。宿泊の場合には1泊数万円を頂戴するわけですから、価格以上のおもてなしや満足が自分たちの評価であり、価値だと思っています。

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篠塚:「価格に見合っているか」、「知人や友人におすすめできるか」という指標は、今後も変わらないのでしょうか?

藤崎:そうですね。どんなクラスの旅館やホテルであっても、アンケートはこの2項目が重要だと思います。価値を決めるのは、最終的にはお客様。だからこそ、業績改善というのはお客様からの評価や評判を上げることに尽きるのだと思います。

篠塚:すると、やはり「レベニューマネジメント」と「レピュテーションマネジメント」の2つの「RM」を考えることが重要であるという文脈につながりますね。

藤崎:日々アップされるSNSでの書き込み、つまりレピュテーションは、幹部スタッフの携帯端末へ毎晩届きます。たとえばご不満について書き込みをした方が未だ滞在中であれば、チェックアウトされるまでにフォローをするなどのアクションをしています。また、それらの情報を翌朝に行なわれるオペレーションの全体ブリーフィングでも共有します。サービスは瞬間生産、瞬間消費で、なおかつ瞬間評価される。特にSNSへのアップは瞬間評価そのものですから、1週間後や1ヶ月後に把握していては追いつきません。リアルタイムで把握し、アクションを取らなければならない。スタッフにもスピード感のある仕事を、と伝えています。「なるべく早く」は通用しません。手を付けられていない期間の分だけ、マイナス部分はお客様の目に触れ続けているわけですから。

篠塚:改善活動は、週単位や月単位では間に合わないということですね。日単位、時間単位で動くべきであるというのは、インターネットビジネスである「Relux」でもまったく同じことが言えます。ホテルでここまでのスピード感を徹底されているケースはとても珍しいですよね。このほかにも、こだわりをもって取り組まれていることはありますか?

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藤崎:ホテルは、ディティール(細部)がすべてです。ディティールを理解せず、こだわることも出来ないのであればホテルビジネスは成立しないと思います。物にも価格にも意味を込めなければならないと思いますし、お客様はそれを期待していますから、プライスレスな経験をお届けしなくてはなりません。お客様に何かを尋ねられた時にきちんとご説明することはもちろん簡単ではないのですが、たとえお客様の目に見えないところでも努力を惜しまず、すべてに意味を込めてご用意している。だからこそ価格に自信を持とう、と言い続けています。

篠塚:ここまでお話を伺って、ホテルビジネスという枠を超えて、プロフェッショナルとしての仕事を極めていらっしゃるのだと感じました。すべてに意味を込めるということが、ホテルや旅館がきちんと産業として残っていくための方法になるのかもしれません。本日は、素敵なお話をありがとうございました。

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写真:田中 和弘 / 文:佐藤 里菜

※この記事は2016年に取材・制作したものです。

東京ステーションホテル 常務取締役総支配人 藤崎 斉

東京ステーションホテル 常務取締役総支配人

藤崎 斉

1956年、東京都出身。立教大学卒業後、(株)リクルートの子会社を経て、東京ヒルトンインターナショナル(現:ヒルトン東京)開業スタッフとして入社。宿泊支配人などを務めたのち、2002年にウェスティンホテル東京に入社し副総支配人に就任。2006年より(株)JALホテルズで執行役員営業本部長を務め、2011年より東京ステーションホテル開業準備室室長に就任。2012年より同ホテルの取締役総支配人を務め、2015年より現職。2013年に「ホテリエ・オブ・ザ・イヤー」を受賞。

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東京都 > 銀座・日本橋・東京駅周辺

2015年に開業100周年を迎えた、東京の老舗ホテル。「装い、設え、振舞い」、3つのおもてなしでゲストをお待ちしています。

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