ゲストとスタッフ、自然が融合した温かみのある空間「アマネム」。そんなアマネムの柔らかさをつくる田中氏に、これまでの歩みと、これからのアマネムにかける想いを伺いました。
ゲスト
アマネム 総支配人
田中 紀子
1995年津田塾大学英文科を卒業後、1999年にハワイ州立大学マノア校にて観光産業学にてホテル経営学修士課程修了。東京と香港のラグジュアリーホテルでゲストサービス、コンシェルジュ、予約課で経験を積むことで培った国際ビジネスの観点を生かし、2019年3月、アマネム 総支配人に就任。
インタビュアー
株式会社 Loco Partners 代表取締役副社長
塩川 一樹
立命館大学経済学部卒。株式会社ジェイティービーを経て株式会社リクルートへ中途入社。旅行事業部にて首都圏・伊豆・信州エリア責任者を歴任。2012年7月より株式会社Loco Partners取締役に就任。2020年4月より現職。
第1章 ”人と話すことが好き”からはじまったホテルの道
塩川:田中さまのこれまでの歩みを教えてください。
田中:大学を卒業してすぐに法律事務所に弁護士の秘書として就職し、4年ほど働いていました。秘書の仕事は大好きだったのですが、自分のキャリアを考えるともっとできることがあるのではないかと考え、留学することを決めました。ハワイ大学マノア校大学院に入学し、2年半ホテル経営学を学んでいました。自分が人と話すことが好き、旅行が好きというのがあったので、人と接するお仕事のホテルを目指し、学位をとることにしました。
塩川:大学院のホテル経営学に足を踏み入れることは、簡単に決断できることではないように感じました。
田中:今後の自分のキャリアを考えたときに、性格的にもホテルという仕事、接客業が向いているように思ったのが一つと、外資系のホテルで国や場所を移しながらポジションを上げていけるところに魅力を感じました。世界を見て回れるなんて、なんていい仕事なんだろう、ホテルって面白いなと思ったのがきっかけでした。大学の学部が英文学科だったので、大学院に入学するためには必修科目を取らないといけず、その取得に半年かかりました。たしかにすぐに決められることではありませんでしたが、ここでやらないともっと難しくなると思って挑戦しました。今振り返っても、あの時は頑張ったなと思います。
塩川:大学院ご卒業後はどうされたのですか。
田中:東京の小さなホテルで働きました。コンシェルジュもやり、フロントもやり、朝食も手伝い、となんでも屋でしたが、マルチにこなすスキルはここで身についたと思います。2-3年働いて、外資系ラグジュアリーホテル開業の話をいただいたので移りました。
塩川:外資系のホテルに入られてからは、どのようなご経験をされたのでしょうか。
田中:デューティーマネージャーとして入社しました。ゲストのご要望を全部聞き、夜勤もたくさんやりましたね。この時に知り合った人は今でもずっと仲良くさせていただいているので、宝物のような自分のスタート地点です。
塩川:何年くらいいらっしゃったのですか。
田中: 2年もいませんでした。東京に勤めている際に旅行で香港にいく機会があり、マンダリン オリエンタル 香港に泊まりました。知り合いのスタッフに会いに行ったのですが、そこで「空いているポジションがあるから、今面接してきなよ」って言われたところから、香港で働くことが決まりました。そこから香港には合計で11年いました。東京の時と同じデューティーマネージャーとして入社し、ゲストリレーションズのマネージャー、リザベーションのマネージャーをやって、またフロントのマネージャーとして戻ってきて、宿泊部の統括になって、ルームズディレクターになりました。2年くらいでポジションを移っていますね。
塩川:トータル11年ですね。マンダリン オリエンタル 香港のお客さまもかなり旅慣れた方が多いのかと思います。香港でホテリエとしての経験や力量が積み重なっていったのでしょうか。
田中:香港で実感したのは”ゲストは人につく”ということです。「のりこがいるからここにくるんだよ」「君の対応が最高だから予約から何々までよろしく」といった内容がチャットとかでくるんです。ホテルのブランドなどは関係なく、お客さまが人につくことを実感しました。
塩川:留学を目指したときの、「人と話すことが好き」というのと結びついているように伺えます。その後がアマネムになりますか。
田中:はい、アマネムでポジションに空きが出るタイミングでお声がけいただいたのがきっかけです。2018年11月頃でした。
塩川:アマンというブランドや、伊勢志摩という土地に対するイメージなどはありましたか。
田中:ブランドに関しては、香港にいた時にゲストからよく聞いていました。大人の空間で、すごく繊細な環境のホテルだと聞き、高級なブランドなんだろうと魅了されていました。アマンは宣伝をするブランドではないので、インターネット上にも情報は多く見当たりません。なので、口伝えに話を聞いて具体的なイメージが出来上がっていました。伊勢志摩は、伊勢神宮に訪れたことがある程度でしたが、地域の規模が実家のある地域と同じくらいだったので、実家に戻ってきたように感じました。
塩川:アマンはお客さまを介して近い距離にあったブランドだったのですね。
第2章 思いがけない出会いがあるアマネム
塩川:アマンの世界観について、実際に働いて感じた部分はありますか。
田中:アマンのコアな部分として、”友人を自分の自宅に招くような心の温まるおもてなしをする”というのがあります。そんなおもてなしに関してももちろんですが、入ってから強く感じたのが伝統文化を反映したデザインです。外のデザインだけを造ることは簡単ですが、アマンはそうではなく、地域に根差し、地域と共存していく姿勢があります。建物だけでなく、私たちが提供するサービスにも地域の特色を色濃く出しているのがアマンらしさだと思います。
塩川:アマネムはケリーヒル・アーキテクツの代表建築ですよね。この建築でも建物を主張するというよりは、地域を映しているのでしょうか。
田中:はい、おっしゃる通りです。ケリーヒルがアマネムに求めていたものは、日本の田舎の原風景でした。自然が豊かなところに、昔ならではの民家のイメージでアマネムを造っています。彼はものすごく長い目で計画を立てていて、この地域で1万本の木を移植し、長い年月をかけて森に再生させることを目指していました。なので建築の時から木は一本も切らず、移植をしていました。
塩川:宿泊する前は、建物のラグジュアリー感に目を奪われるのだと思っていましたが、いざ宿泊すると、目線が外に向くようになっていると感じました。しつらえにも伝統的な竹細工が使われていたり、日本や三重という見所がちりばめられているように思えます。
田中:建物はシンプルな造りなので、外に目を向けてほしい、自然と一体になってほしいというケリーヒルの思いが詰まっています。例えば扉も、真ん中に柱がないので、全部開け放つと自然と共存していくように見えます。レールの部分だけで20cmほど使っているので、無駄な部分でもあるのですが、この無駄な部分が美しさを造っています。開け放したときの、中と外の融合を考えて造ったのだと感じます。自分たちの時間や、自然との対話に集中してほしいという思いがあるのでしょう。
塩川:お客さまがここに座った時に英虞湾を眺める様子などを想像して設計されたのでしょうね。アマンの哲学の中に、アマネムならではの意味があるように感じました。
田中:自然との融合や、建物の建ち方、あとは照明にも非常に気を配っています。やはり、アマネムに来ていただいたからには自然の中での時間を楽しんでほしいです。照明が邪魔をしないからこそ楽しめる、月の明るさ、星の綺麗さをお客さまにも実感していただきたいですね。
塩川:お客さまを友人のようにもてなす、というスタッフみなさんの気構えもあると思いますが、建物やしつらえの説明についてもマニュアライズされていないように感じました。対話の中にスタッフの方一人一人の状況が伺えるのは強みではないでしょうか。
田中:アマネムに来たからには思いがけない出会い、会話も楽しんでいただきたいです。ゲストを楽しませるのはもちろんですが、私たちも楽しんで、人間らしい対話ができることも必要だと思っています。
塩川:アマネムで体現している、伊勢志摩の魅力についてもお伺いできますか。
田中:昔からある海女さんの文化や、すぐ隣にあるミキモトさんの真珠の養殖場など、自然とともに生きている産業が多く、非常に魅力的だと思います。あとは、アマネムは国立公園の中にあるので、他では見られないここならではの風景があります。私が一番驚いたのは食に関してです。もちろん伊勢海老やアワビ、松坂牛もありますが、他にも海、山、畑のものがどれも非常に美味しいものばかりです。こんなに食の豊富なところに私は住んだことありません。お酒も含め、三重には多岐に渡って自慢できる食材が多いんですよね。どれも、素材がすごくいいので、シンプルな調理法から凝ったものまで幅広くできるのは非常に強みであるなと思います。食に関しては、いまだに驚かされるところがあります。
第3章 守り続けたい”大好きな人との時間”
塩川:アマネムでは、お客さまにどのような体験をしていただきたいですか。
田中:ここに来たら、気持ちの切り替えをしていただきたいと思っています。スパでリラックスしていただくとか、サーマルスプリングに浸かっていただくとか、自分の忙しい日々から少しずつ離れて、ここの緩い時間に自分の身を委ねるということをしてほしいです。例えば携帯です。最初は携帯を手放せない方がほとんどですが、2日目になると部屋に置いてきても動じなくなります。それだけで十分気持ちの切り替えができているんですよね。最終的に、もう携帯なくてもいいや、という感じで帰っていただくと、私たちとしてのゴールは達成できたなと思いますね。スパやプール、お食事とか、色々なお手伝いをするために私たちがあると思っています。
塩川:滞在を重ね、最後に帰るときには他人から友人になって、家族になって。リピーターさんが再びいらっしゃるときには「おかえりなさいませ」とお迎えする流れが頭に浮かんできました。これからのアマネムのビジョンがあれば教えていただけますか。
田中:コロナ禍で、自分の好きな人たちと一緒に時間を過ごすことが難しいとわかりました。例えば、おじいちゃんやおばあちゃん、単身赴任のご家族などです。これからコロナと共生していく世の中になっていくと思います。そんな中でアマネムでは、大好きな人たちと過ごす時間、場所を提供していきたいです。ここなら、それぞれ好きな過ごし方をされながら、愛する人たちとの時間を過ごしていただけるのではないかと思っています。なので、今後の展望は、大好きな人との時間を大切にする場所と空間と時間を提供し続けていくことです。
塩川:昨日、食事をいただいた際にも目にした光景でした。
田中:ただ、毎年戻ってきていただくためには私たちも常に新しいことを生み出していかないといけません。常に戻ってきていただけるように、新しいものの発信もしていきたいです。
塩川:アマネムの人や組織として、今後のビジョンはありますか。
田中:チームはすごくよくやってくれています。ただ、今後組織が大きくなっていくときには一貫性も必要になります。組織はずっと回っていかないといけないものなので、コアとして統一感を取ることも必要だと思っています。マニュアルで全部決めてしまうとイレギュラーなことに対応できなくなってしまう一方で、マニュアルがないから答え方がわからない、だと応用がきかないので、マニュアルは程々にあとは人間力をチームで身につけていきたいです。
塩川:アマネムのお客さまは色々なご経験をされている方が多いと思いますが、お客さまに育てていただいてる面もありますか。
田中:もちろんあります。他のプロパティではこうだったよ、と教え諭してくださるような、育ててくださるお客さまが多いですね。勉強になります。一生懸命やっているという気持ちが伝わるとご理解もいただけるので、頭が下がる思いです。本当にお友達のような、家族のような関係性になれたりします。
塩川:お客さまと一緒に時間をつくっていくのですね。お客さまのお気持ちに常に向き合っていらっしゃることがよくわかりました。ありがとうございました。
写真:新村 崇 / 文:伊藤 里紗
アマネム 総支配人
田中 紀子
1995年津田塾大学英文科を卒業後、1999年にハワイ州立大学マノア校にて観光産業学にてホテル経営学修士課程修了。東京と香港のラグジュアリーホテルでゲストサービス、コンシェルジュ、予約課で経験を積むことで培った国際ビジネスの観点を生かし、2019年3月、アマネム 総支配人に就任。