第12回 100年の伝統を守る関西の迎賓館、奈良ホテルがつなぐ今と未来

奈良ホテル

奈良の街とホテルの魅力を、つぎの世代へーー。100年の歴史を守りつづける関西の迎賓館「奈良ホテル」の総支配人 岡氏が、ホテルに込める想いを語ります。

ゲスト

奈良ホテル  総支配人  岡 中(おか あたる)

奈良ホテル 総支配人(2016年6月インタビュー時点)

岡 中(おか あたる)

大阪出身。1982年、近畿日本鉄道に入社。その後東京で三田都ホテル(東京)の総支配人、シェラトン都ホテル東京の副総支配人を務める。2005年に大阪に戻り、シェラトン都ホテル大阪 副総支配人、ホテル近鉄ユニバーサル・シティ 総支配人を経て、2014年6月に奈良ホテル 総支配人に着任し、現在に至る。

インタビュアー

株式会社 Loco Partners 代表取締役副社長 塩川 一樹

株式会社 Loco Partners 代表取締役副社長

塩川 一樹

1979年生まれ、立命館大学経済学部卒。株式会社ジェイティービーを経て、株式会社リクルートへ中途入社。旅行事業部にて、首都圏・伊豆・信州エリア責任者を歴任し約2,000施設以上の担当を歴任。2012年7月より株式会社Loco Partners取締役に就任。

目次

偶然の配属からはじまったホテルマン人生

塩川:近畿日本鉄道(以下近鉄)にご入社されたことで、ホテルマンとしてのキャリアがスタートしたと伺っていますが、もともとホテル業を志して近鉄に入社されたのですか?

奈良ホテル

岡:私は関西で生まれ育ったので、地元に貢献できる企業に就職したいという気持ちで近鉄を選びました。入社当時は、30人ほどの同期とともに奈良県生駒市にある寮に入りました。現場を知らなければいけないということで、最初は研修という形で駅に勤務したのですが、入社年度の6月には京都のホテルへ異動になりました。ホテルへ配属されることは予想外だったのですが、地域密着型の企業に入社したときから地元に何か貢献したいと考えており、また、お客様に喜んでいただくことが好きだったので、いろいろと勉強しながら勤めていました。

塩川:実際にホテルの道に歩み出されたのですね。その後、東京のホテルへ異動されたとも伺っていますが、ホテルマンとしてのキャリアの前半を過ごされた東京では、どのようなご経験をされましたか?

岡:キャリアの前半は、ハウスキーピング、フロント業務などを経験した後、営業部へ配属されました。それまでの、「お客様にホテルのサービスを受ける立場を喜んでいただく」という仕事から、「お客様にホテルへと訪れていただくために何をするか考える立場」へ一転しました。当時フロント勤務時よく先輩より言われたのが、「お客様から電話を頂くことがどれだけありがたいか、よく感じろ」ということでした。フロント勤務時、お客様から「今夜の宿泊で」と電話がかかってきます。当時は「つくば万博」の影響もあり連日満室が続きました。お客様からのご予約のお問い合わせもお断りすることが多かったですが、「お客様からの電話が自然と入ってくるという意識ではだめだ」ということを営業部で教わりました。

塩川:お客様からお電話を頂けることがどれだけありがたいか、具体的にはどのような経験から感じたのでしょうか?

奈良ホテル

岡:営業部に配属されたあと、景気が悪くなった時期があり、宴会の予約が以前ほど頂けなくなりました。電話を待つのではなく自分で予約を取ってこなければいけないということで、当時はパソコンも携帯電話も普及していない時代でもあり、足で稼ぐみたいな勢いで飛び込みの営業も数多くしました。東京のホテル周辺で田町、大手町、新橋、浜松町には大企業がたくさんありましたが、けんもほろろに門前払いをされることがよくありました。飛び込み営業に行って契約が取れますと、喜びを実感したものです。小さなホテルですと自分のホテルへの貢献度がはっきりと分かりますので、やりがいがありました。今でも、うちのセールスマンが3年越しでお客様を取ってきたというような話を聞くと、胸が熱くなります。

塩川:私も、新卒時代から現在まで営業をしてきましたので、断られてしまう辛さにも、ご縁が結びつく喜びにも非常に共感します。営業部での業務を通じて、お客様にご来館いただける喜びを経験されたのですね。

お客様を喜ばせたいという気持ちの根源

塩川:平成17年に大阪に戻られて、2年後に副総支配人になられたということですが、大阪に戻ってからの環境の変化はどういったものでしたか?

奈良ホテル

岡:大阪に戻ってからは、「シェラトン都ホテル大阪」で副総支配人、その後「ホテル近鉄ユニバーサル・シティ」で総支配人を経験し、本部組織のマーケティング部門に4年間勤めることになりました。管理部門では直接お客様と接する機会がなく、喜びがお客様より直接跳ね返ってくることの少ない日々でして最初はやりがいという点で戸惑うことも多かったのですが、チェーンホテル全体を違う立場で見るという点ではとても勉強になりました。そこで4年間勤務した後、奈良ホテルの現場に戻ってきたのです。

塩川:お客様と接したい、人を喜ばせたいというような、岡さんのホテルマンとしての気持ちの根源にはどのような経験があったのでしょうか。

岡:渓谷と梅の花が織り成す風景が素晴らしい奈良の月ヶ瀬というところを訪れたときのことです。月ヶ瀬は奈良と三重県の県境辺りにあります。駅に着いたらきっとバスかタクシーが停まっているだろうと思っていたら、何も停まっていませんでした。月ヶ瀬まで行って帰ろうとしたら、今度はバスが終わってしまっていました。そこから歩いて帰ることはできませんし、他に交通機関もありません。そこで組合の事務所に行って相談してみたら、快く駅まで車で送ってくださいました。「何かお礼をしたい」と申し出ましたが「お礼はいりません、また月ヶ瀬に来てください。月ヶ瀬はいいところだと言ってもらえたら、それでいいです」とおっしゃったのです。それがきっかけで月ヶ瀬は景色も人々も本当にいいところだと思いまして、その後は毎年、月ヶ瀬を訪れています。そうした経験は一生忘れないと思います。このような過去の方々より受けた影響が、逆にお客様と接して喜んでいただきたいという、私の想いの根源になっています。

奈良ホテルの魅力を探って

塩川:奈良ホテルは2009年に100周年を迎え、多くのお客様に愛されてきました。岡さんは奈良ホテルの強み、魅力はどのようなところにあると思われますか?

奈良ホテル 奈良ホテル

岡:100年以上の歴史はすごいと感じます。私たちが生まれる前に、このホテルでどういった事があったかと思うだけでもわくわくしますね。レストラン、ロビー、客室などはいずれもほっとするタイムスリップしたような空間であると思います。奈良ホテルに初めて来られた方は、玄関のドアをあけた瞬間、歓声を発せられる方も多く、その声を聞くとうれしくなります。また奈良公園内にあるこの自然も強みだと思っています。宴会場、レストラン、バーや客室の中から外を見たときの景色が素晴らしいのです。こういったハードや雰囲気をさらに盛り上げられるよう、スタッフ全員でおもてなしをしたいと思います。このような自然に囲まれた施設は軽井沢のようなリゾート地に行けばあるでしょうが、大阪から1時間弱で来られるという奈良ホテルの環境、客室から眺められる四季折々の自然の美しさ、100年が経過したクラシックな木造ならではの趣きが魅力だと考えています。

塩川:このクラシックな雰囲気は、新しい施設に出せるものではないかもしれないですね。

岡:そうですね。古いホテルは耐震工事の必要が生じますと、採算性を考えて建物をまるごと潰して建て替えてしまう場合もあります。客室を増やして、現代風にするという世の流れもあるように感じます。奈良ホテルもそうした方が売上は上がるのかも知れませんが、奈良ホテル周辺には現在高さ制限などがあり、高層ホテルに建替えようにも、基準に見合う建物しか建てられません。そういったこともあり、こうしたクラシックホテルが昔のまま残るのだと思います。また地域の思いを含めた背景もあり、私たちの先輩方がこのクラシックな雰囲気を維持してくださいましたので、私もこのままの奈良ホテルを残していきたいと思っています。

塩川:奈良ホテル以外にこうした歴史と伝統あるホテルを訪れたことはありますか?

奈良ホテル

岡:お客様から国内の別のクラシックホテルさんのお話を伺いまして、実際に行ってきました。日本のクラシックホテルがいいのであれば、歴史の古い中国にはもっといいホテルがあるのではないかということで、中国にも行きました。

塩川:別のクラシックホテルを訪れて、奈良ホテルを別の視点から見ようとしていたのでしょうか。

岡:はい。クラシックホテルを訪れるのは、お客様の気持ちになってホテルを見たいという意味があります。実際に目で見たり、体験したりしないと知ることができないこともたくさんあると思います。京都で研修していた新卒直後の2年間は仕事を覚えることで精一杯でしたので、周りのホテルや観光地を見るということはほとんどできませんでした。例えば、お客様から「金閣寺はどこですか?」と聞かれても、実際に行ったことがなかったため、地図を見て「ここです」と言い案内することしかできなかったのです。「ホテル近鉄ユニバーサル・シティ」におりました頃は、これではいけないと思いまして、お客様の訪れるUSJのアトラクションを実際に体験したり、USJのスタッフの方々にシステムを聞いたりすることで、説明や提案にもいろいろ応用がきくようにしました。

奈良ホテルと、奈良のこれから

塩川:100年の歴史を守ってきたホテルを次の世代に受け継いでいくために、どのようなことを心がけていらっしゃいますか?

岡:100年にわたって維持されてきたこの建物については、メンテナンスをきっちり行い、耐震工事をする場合は外観を出来る限り崩さないように耐震補強をしていきたいと思います。また、今までの100年のことを次の世代にしっかりと伝える努力をしなければならないと思います。

塩川:先ほど館内を歩いていて、バーやレストラン、銀食器などが目に留まりまして、お料理などにも力を入れてこられたホテルなのではないかという印象を受けました。

奈良ホテル奈良ホテル奈良ホテル

岡:そうですね。レストランはクラシックなお料理もご提供しています。金銀器類は、2013年に奈良ホテルのリニューアル工事をした際に出てきたものです。これらは明治末期に極東の最高級ホテルと賞賛された「長崎ホテル」(1898年〜1908年)から1909年頃に譲り受けたもので、100年以上前から使用されていた歴史ある品です。

塩川:食器もそうですし建物もそうですし、そこに携わってきた人も含めていろいろなものが受け継がれているホテルなのですね。

岡:はい。一番嬉しいのは、奈良ホテルで結婚式を挙げたというお客様から「私の息子も孫もここで結婚式を挙げたんですよ」と言っていただけることですね。受け継がれ続けているからこそ味わえる喜びです。近頃は結婚式をしない世代ですとか、奈良にお住まいでも大阪で挙げるという方がいらっしゃいますけれども、奈良に住んでいるのだから奈良ホテルで挙げたいという方や、三世代に渡ってここで挙式をしたという方とお話すると嬉しくなりますね。

塩川:今後はそうした人を増やしていく、途切れないようにしていくというお考えなのでしょうか。

岡:学生さんが来られることがあれば、みなさんが社会人になったらまたぜひ来てくださいと伝えています。ここのホテルはみなさんが卒業して、ご結婚して、お子さまが生まれてからも存続できるようなホテルですので、一生忘れないでいただきたいなということです。

塩川:そんな奈良ホテルの今後の展望をお聞かせください。

岡:お客様の世代も入れ替わって行きますし、外国人の方も来られていますから、100年という歴史にあぐらをかくのではなく、お客様の声に耳を傾けていいものを残していきたいです。そうした意味で、リニューアルしていく必要があるところはお客様の気持ちを考えながら着手していきたいと思っています。奈良ホテルそのものを目的に来られるお客様には、事前の期待以上のサービスを提供し、感動につなげられたらと思っています。

塩川:日露戦争を経て国際化が進んだときに、奈良ホテルは海外のお客様も受け入れてきた「関西の迎賓館」としての起源があると伺ったのですが、奈良という場所を含めて国際的に展開されるというお考えもあるのでしょうか。

岡:そうですね。奈良ホテルは日露戦争が終了した後に外国人を受け入れてきた、今でいうとインバウンド誘致のホテルです。昨年のある観光情報サイトを見てみますと、奈良は外国人の旅行先で全国4位と非常に人気が高いにもかかわらず、奈良に宿泊する人は思った以上に少ないのです。それは、奈良は大阪や京都から1時間弱でアクセス可能であること、そして、春日大社、元興寺、東大寺、奈良公園など、半日かければ観光地を巡ることができると思われていることにあると思います。本当はいま挙げた以外にも、例えば吉野、飛鳥、法隆寺、長谷寺、室生寺、唐招提寺、薬師寺など、奈良にはいいところがたくさんあります。みなさんの知らない場所がたくさんあるということが、逆に魅力的な部分であると思っています。

塩川:そうですね。奈良には、歴史を学ぶことができる場所、そしてまだ見ぬ魅力に出会える可能性が想像以上にたくさんありますね。本日はありがとうございました。

奈良ホテル

写真:ayami / 文:宮本 とも子

奈良ホテル  総支配人  岡 中(おか あたる)

奈良ホテル 総支配人(2016年6月インタビュー時点)

岡 中(おか あたる)

大阪出身。1982年、近畿日本鉄道に入社。その後東京で三田都ホテル(東京)の総支配人、シェラトン都ホテル東京の副総支配人を務める。2005年に大阪に戻り、シェラトン都ホテル大阪 副総支配人、ホテル近鉄ユニバーサル・シティ 総支配人を経て、2014年6月に奈良ホテル 総支配人に着任し、現在に至る。

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奈良県 > 奈良・斑鳩・天理

奈良ホテルの創業は、1909年。関西の迎賓館として、国内外から多くのゲストを迎えてきたクラシックホテルです。

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