2016.07.19
目次
第16回 スタッフが1番の魅力ーー最高のおもてなしでつくる「ラ・スイート」ブランド
ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド 総支配人 檜山 和司
日本で初めてのスモールラグジュアリーホテルに認定された、ホテル ラ・スイート神戸。その理由は、スタッフ全員の「Give&Give」のおもてなしにありました。
ゲスト
ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド 総支配人
檜山 和司
神戸市生まれ。1996年度第一回日本メートル・ド・テルコンクールで優勝し、日本最優秀メートル・ド・テルに選ばれる。 平成26(2014)年度兵庫県技能顕功賞受賞。2015年「メートル・ド・テル」として初の神戸マイスターに認定。 2017年、厚生労働省より「平成29年度 卓越した技能者(現代の名工)」をメートル・ド・テルとして西日本で初めて受賞。 2019年「春の褒章」で「黄綬褒章」をメートル・ド・テルとして史上初めて受章。
インタビュアー
株式会社 Loco Partners 代表取締役副社長
塩川 一樹
1979年生まれ、立命館大学経済学部卒。株式会社ジェイティービーを経て、株式会社リクルートへ中途入社。旅行事業部にて、首都圏・伊豆・信州エリア責任者を歴任し約2,000施設以上の担当を歴任。2012年7月より株式会社Loco Partners取締役に就任。
「人生のスイッチ」に生かされてきた、これまで。
塩川:ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド(以下「ラ・スイート神戸」)に入られるまでの、檜山さんのプロフィールをうかがいたいと思います。
檜山:私は神戸市須磨区に生まれ育ちました。高校時代は進学校へ通っていたのですが、当時はとても不景気でした。有名大学を出ても就職できないという時代でしたので、手に職が欲しいと思ったのです。そこでその頃フランスの文化、芸術に憧れていた私は調理師学校への進学を決めました。アート性を表現したいということで調理師学校ではフランス料理を学び、そこを出てからは大阪の老舗フレンチレストランで5年間ほど料理人をしていました。
塩川:進学校から調理師学校へ進まれ、フランス料理の道に入られたのですね。
檜山:はい。最初に勤めたそのフレンチレストランでは、アメリカンフットボールのオフェンスとディフェンスのように、定期的にキッチンとサービスの入れ替わり制で働いていたのですが、あるとき私がサービスをしていたお客様が「今日は美味しかった」ではなく、「今日は本当に楽しかった、ありがとう」と、とても喜んでくださったのです。そのときに、もしかしたら自分は料理よりもサービスの方が向いているのではないかと思ったのです。そこで5年間勤めた後に、神戸にできたミシュランガイド三ツ星レストランの日本支店「アラン・シャベル」に入りました。
塩川:「アラン・シャベル」といえば、アラン・デュカスも影響を受けたといわれるフレンチの名門ですね。
檜山:「アラン・シャベル」にはアルバイトとして入ったのですが、出世欲もなく、自分はただ目の前のお客様を喜ばせることしか考えていませんでした。そうするうちにお客様の中で私のファンだと言ってくださる方が増えたのですね。すると9ヶ月で正社員に採用されて、あれよという間にマネージャーになっていたのです。「アラン・シャベル」にお越しになるお客様というのは、年に何度もフランスを訪れるような富裕層の方々です。そうした方を楽しませようと思ったらフランスについてもっと勉強しなければいけないと思い、お金を貯めて2,3年に1度はフランスへ行って本場の一流の料理とサービスに触れるようにしていました。そこでは感動のあまり死んでもいいと思うような至福の瞬間を数回体験しました。その時に私もお客様に一生涯に残る感動のサービスを提供できるのではないかと考え、そうした体験を経て、「アラン・シャベル」が亡くなった1年後に三ツ星に昇格したばかりの「ラ・コート・ドール」へ移りました。
塩川:「ラ・コート・ドール」でも、のちに影響を与える出来事を経験されたのでしょうか。
檜山:移籍して3年目に阪神淡路大震災が起きまして、残念ながら「ラ・コート・ドール」はなくなってしまいました。そして私もあの震災で自宅が全壊しましたが、そのときに「私は生きているのではなく、生かされているのだ」と感じ、「その為には何かに恩返しをしなければいけない」いうことに気づきました。私の人生に運命のスイッチが3つあったとすれば、1つ目はサービスの醍醐味と楽しさに気づいたとき、2つ目はフランスの三ツ星レストランで究極の料理とサービスに感動したとき、3つ目は震災で「生かされている」と感じたときなのです。
塩川:サービスに目覚め、本場の味に感動し、そして震災によって「生かされている」と感じたことで人生のスイッチが入ったのですね。
檜山:震災の翌年、私は神戸に明るい話題をと思い、東京で開催された第1回のメートル・ド・テルコンクールに参加しました。コンクールでは「いらっしゃいませ」と言った瞬間に、コンクールであることを忘れて目の前にいる人たちを喜ばせるサービスに没頭したのですね。その結果、銀座のマキシム・ド・パリの支配人などそうそうたる方々が出場されていたこのコンクールで、優勝することができました。それで私は震災のときと同じように、「これはなにか恩返しをしなければ」と感じたのですね。そこで、全日本メートル・ド・テル連盟を設立し、レストランサービスに従事する後進の人材教育に携わるようになりました。
塩川:震災で生かされ、コンクールでも優勝したことで、なんらかの形で世の中に還元しようと考えられて、人材教育の道へ進まれたのですね。
檜山:はい。その後、独立して人材コンサルティングの仕事をしていたときにラ・スイート神戸での新入社員教育を担当しました。そこで教育用に撮影したビデオを弊社の社長が見まして、「総支配人にならないか」と私を誘ってくださったのです。何度かお断りをしたのですが、「檜山さん、これは神戸の地域への恩返しなのですよ。一肌脱いでいただけませんか」と言われまして、神戸に恩返ししなければという気持ちでお引き受けしたのです。
塩川:檜山さんの根源には常に「誰かのために」という発想があり、ご縁を紡がれてきたという印象があります。そうした「誰かのために」という考えになられたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
檜山:私は須磨で生まれ、幼少の頃に北区の鈴蘭台というところに引っ越しました。そこは自然がたくさん残っていまして、人間関係にぬくもりがあったのですね。誰かが困っていたらお手伝いするというのが当たり前だったのです。お互いが助けあい、それを喜んでくれる人がいたということが影響しているのではないでしょうか。両親からもたくさんの愛情を注がれたのではないかなと思いますね。
塩川:進学校から大学ではなく調理師学校へ行かれるという意思決定は、なんらかの体験に影響されてのことだったのですか?
檜山:映画などでフランスの華やかなパーティーや料理を見ていると、いつか自分もブラックタイで、あんなかっこいい社交界に行ってみたいという憧れはありました。また、高校時代は美術も得意でした。現在のメートル・ド・テルの仕事も料理やサービスだけではなく、想い出の時間や優雅な空間を演出するアーティストという側面もあるのですね。ですので、幼少時代の環境や憧れがすべて今につながっているのではないかと思います。
神戸の観光大使、ラ・スイートがつくる未来
塩川:そして2008年11月にいよいよラ・スイート神戸がオープンしました。これまでを振り返っていかがでしょうか。
檜山:オープン直前のリーマン・ショック、半年ほど経ったときには神戸で新型インフルエンザが発症し、軒並みキャンセルが相次ぎました。また、ラ・スイート神戸は認知度がありませんでしたので、最初は大変苦労しました。ラ・スイート神戸はスモールラグジュアリーホテルとして広告宣伝はしないという方針でしたので、認知度のないところからいかにお客様に足を運んでいただくかを考えさせられました。
塩川:認知度がない中でのスタート、そこに外的要因が追い打ちをかけたのですね。
檜山:もう1つ、意外ですが海外の方々には神戸の認知度が低かったのですよ。スモール・ラグジュアリー・ホテルズ・オブ・ザ・ワールド(以下「SLH」)に加盟する以前の話ですが、国が主導するラグジュアリーマーケットの商談会に参加しました。そのときに神戸をアピールするのですが、「神戸ってどこにあるの?」という声がとても多く、神戸は世界のラグジュアリーな富裕層には知られていないのだと気がつきました。そこで、SLHに加盟することを決めたのです。開業から1年半ほどでその申請をしまして、日本のホテルで初めてSLH加盟の認可を受けました。それからは認知度が徐々に上がってきましたね。
塩川:そこからお客様の支持を得ていくわけですが、ラ・スイート神戸がお客様にご満足いただいている要因や魅力、強みはどういうところにあるとお考えですか?
檜山:私どもは新規参入して開業する前に「ラ・スイート100の魅力」というのをつくりました。他には真似できないような魅力を1つずつ挙げて、100集めれば他の競合ホテルに勝負できるのではないかと考えたのです。例えば、全室オーシャンビューテラスとジャグジー付き、セキュリティ性の高いシリンダーキー、「女性専用エレベーター」など、お客様がここへ来られるたびにラ・スイート神戸の魅力を発見していただけるので、何度お越しいただいても新鮮なのです。当ホテルは70ルーム、18タイプのお部屋がありますので、お部屋タイプを変えて宿泊されても違った魅力を感じていただけます。こうした魅力を積み上げることが、他には負けない強みであると考えています。
塩川:開業以来、今もなおそうした魅力をつくり続けていらっしゃるのですね。
檜山:私どものスタッフも魅力の1つです。ラ・スイート神戸では、魅力のあるスタッフの集合体が魅力あるホテルであると考えています。ラ・スイート神戸そのものがブランドなのではなく、スタッフ各自が皆ブランドなのですよ。魅力溢れる建物や内装、設備もそうですが、1番の魅力はスタッフにあると考えています。
塩川:スタッフひとりひとりがブランドとしてラ・スイート神戸を支えているのですね。
檜山:ラ・スイート神戸が目立てば目立つほど、神戸の名が世界に広まります。スタッフには、私たちは神戸の観光大使のつもりでいようと言っていまして、神戸の歴史、名所・旧跡など、ラ・スイート神戸を訪れた方々にさりげなく神戸の魅力をお伝えしながら、神戸のファンを作っていこうと考えています。
「Give&Give」が最高のおもてなし
塩川:そうした使命感を各スタッフの方がお持ちなのですね。そこには檜山さんの想いが浸透していると感じます。
檜山:新入社員教育では「儲けるのではなく、儲かるのだよ」ということを言います。「いかにして儲けよう」ではなく、お客様にご満足いただき喜んでお金を払っていただくことが「儲かる」につながるのだと思っています。喜んでくださったお客様は必ずまた来てくださいます。Give & Takeではなく、Give &
Giveの精神でサービスをすることで、お客様には「想像以上だ」と思っていただけるのですね。
塩川:檜山さんが考えられる「最高のおもてなし」というのはどういうものですか。
檜山:ホテルには通常マニュアルが存在しますよね。マニュアルというのは、1万人来たら1万人に同じサービスをしましょう、ということになるのです。しかし、本来日本の宿文化にはマニュアルというものはありません。なぜなら、日本の場合はその方に応じたきめ細やかなおもてなしをするからです。社会的な地位や考え方、年収、旅の目的が違うそれぞれの方に応じてオーダーメイドのおもてなしができるとしたら、これが最高のサービスです。これが日本のおもてなしすべてに通じているのですよ。
塩川:具体的にはどのような行動にあらわれるのでしょうか。
檜山:ラ・スイート神戸では、到着時にデスクでお掛けいただいてチェックインをしてお部屋へ行きますと、レストランへ行くのもロビーを通らなければいけないのです。そこで「こんにちは」「こんばんは」「○○様」とお声がけをするのですね。お客様の顔と表情が見える環境をホテル内につくることで、お客様との密な関係ができるのです。こうした距離感が「他のホテルもこうだったらいいのに」というたくさんのお声につながっています。
塩川:そうした行動は、スタッフそれぞれに「自分はこうありたい」という気持ちがなければできないと思うのですが、ラ・スイート神戸が大切にしている行動指針はあるのでしょうか。
檜山:一歩先を読み、完全にお客様の立場になるということですね。例えばお客様から「熱があるので薬が欲しい」と言われたときに、薬だけではなく、お水、熱冷ましのシート、体温計までがぱっと浮かぶかどうかということです。例えば常温のお水以外にも、冷えピタや体温計、もしかしたらティッシュも足りないのではないかとか、一歩踏み込んでお客様の立場になるサービスをするのです。お客様からこんな要望があったときに、我々はどんな些細なことでも全社で共有しています。そこでみんなが疑似体験をして、「こういう時にはこうした方がいいのだな」と頭の中の深層心理に刷り込んでいくのです。
塩川:チームとしてお互いに理解し合うというのは、チームワークがないとスピーディに意図が伝えられなかったり、解釈が異なったりすることもあるのではないかと思うのですが、そうした問題はどのように解決されていますか。
檜山:「サービスフリーダム」をテーマに、お客様の要望に全力でお応えしようというのが基本です。もう1つ、組織の縦割りをなくすよう努めています。例えばドアマンが足りないと思ったら、バックヤードで仕事をしている人間がすぐに飛んでいきます。また、チェックアウトやチェックインで混雑する時には、ルームサービススタッフが応援に出ます。皆がそうした動きをするので、流動的でセクショナリズムを感じさせない対応が可能なのです。GMルームもありませんので、支配人、マネージャーと常にコミュニケーションができるのも組織としての強みですね。
塩川:あえてセクショナリズムを設けないことで、組織が同じ方向に向かって動いているのですね。
檜山:稟議書1つにしても、お客様からこういう要望があったからこう対応したいと稟議書をまわせば、その日の夕方には実行に移すことができます。社長への提案も、緊急の場合には事後報告が可能です。それだけお客様が必要とされているものを最優先に行動しています。
五感を楽しませるホテルであるために
塩川:必要に応じたマルチタスクを実現するチームワークがラ・スイート神戸の原動力になっていると感じますね。ラ・スイート神戸を支持いただいているお客様には女性が非常に多い印象を受けるのですが、そういった雰囲気づくりを意識されているのでしょうか。
檜山:ラグジュアリーホテルでは、女性を喜ばせることができたら必ず男性にも喜んでいただけると思います。ですので、女性があったらいいなというものを全部集約し、女性目線でのホテルづくりを心がけています。また、ホテルというのは五感を楽しませるものだと考えて、ラ・スイート神戸ではエントランスを入ったときにシャンデリアまで届きそうなメイン装花やエレガントローズの香りを感じることができるのです。ローズの香りに満ちた館内、花、音楽など、優雅な滞在をお楽しみいただきながら五感を癒やしていただけるような工夫をしています。バスローブでも、開業当初に50回洗濯した後、日本人の標準体型の方が羽織っても手触りが良くて且つ疲れない、快適な着心地を追求しました。
塩川:お客様の五感を楽しませるのがホテルであるという考えを実践されているのですね。
檜山:こうしたこだわりは他にもありまして、すべての部屋にアスフールというスワロフスキーと並び称される最高級シャンデリアが入っています。なぜかといいますと、滞在中に女性が1番美しく見えるのは薄暮の照度なのです。そうした柔らかい光に近いシャンデリアの照明をお部屋に入れて、滞在中はお客様に自分の美しさを感じていただくのです。おやすみソックスやおやすみ手袋、オーガニッククリームなどのアメニティに関しましても女性目線を取り入れています。比率からいいますと女性が圧倒的に多いというわけではないのですが、女性の方に支持していただいているのはもともとのコンセプトに合った成果ではないかなと思います。
塩川:細やかな気配りがお客様からの支持につながっているのですね。最後に、ラ・スイート神戸の今後の展望をお聞かせください。
檜山:今回私は神戸マイスターの称号を頂戴したのですが「神戸に恩返しを」という気持ちはこれからも持ち続けたいと思うのですね。ラ・スイート神戸からいろいろな発信をすることで神戸の注目度を上げ、神戸に来ていただきたいというのは私の大きな目標です。神戸の街を盛り上げていこうという神戸市の取組みにも全面的に協力をしていきたいと思っています。
塩川:「地元神戸のためにこれからも恩返しを」という気持ちがこれからもラ・スイート神戸を形づくっていくのですね。
檜山:もう1つ、日本には世界に誇るおもてなし文化があります。ラ・スイート神戸は、和のおもてなし文化を取り入れたホテルですので、そうした新しいスタイルを持った「ラ・スイートブランド」を海外へ展開できればいいなと思っています。日本で生まれた純粋な和の心を持ったホテルとして国外に進出したいですね。
塩川:いつか国外のラ・スイートに宿泊されたお客様が神戸を訪れる日がくるのかも知れませんね。本日は、ありがとうございました。
写真:ayami / 文:宮本 とも子
ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド 総支配人
檜山 和司
神戸市生まれ。1996年度第一回日本メートル・ド・テルコンクールで優勝し、日本最優秀メートル・ド・テルに選ばれる。 平成26(2014)年度兵庫県技能顕功賞受賞。2015年「メートル・ド・テル」として初の神戸マイスターに認定。 2017年、厚生労働省より「平成29年度 卓越した技能者(現代の名工)」をメートル・ド・テルとして西日本で初めて受賞。 2019年「春の褒章」で「黄綬褒章」をメートル・ド・テルとして史上初めて受章。