2019.01.31
目次
第39回 顧客体験価値をデザインする王道ホテルへ――ヒューリック初の自社運営ホテル「ザ・ゲートホテル」がつくる世界
観光ビジネス開発部 参事役 兼ヒューリックホテルマネジメント株式会社 取締役 宇野 加寿子
不動産デベロッパー・ヒューリック株式会社で初の自社運営ホテルとして誕生した、「ザ・ゲートホテル」。その歩みをつぶさに見てきた宇野氏に、構想の始まりや将来に対する展望を伺いました。
ゲスト
観光ビジネス開発部 参事役 兼ヒューリックホテルマネジメント株式会社 取締役
宇野 加寿子
1973年、東京生まれ。大学卒業後に大手ゼネコン、不動産投資会社を経てヒューリック(株)に入社。観光ビジネス開発部にてホテル事業の運営やモニタリング、新規開発の検討を行う。ゲートホテル運営会社のヒューリックホテルマネジメントの取締役を兼務。
インタビュアー
株式会社 Loco Partners 代表取締役副社長
塩川 一樹
1979年生まれ、立命館大学経済学部卒。株式会社ジェイティービーを経て、株式会社リクルートへ中途入社。旅行事業部にて、首都圏・伊豆・信州エリア責任者を歴任し約2,000施設以上を担当。2012年7月より株式会社Loco Partners取締役に就任。
第1章 ゼロからつくりあげた、ザ・ゲートホテルの世界
塩川:宇野さんがホテル業界に足を踏み入れたきっかけは、何だったのでしょうか。
宇野:父が銀行員で、融資などの関係でホテル開発についての話を聞いて「楽しそうだな」と思ったのがきっかけです。学生時代は都市計画を専攻して新卒でゼネコンに入社しましたが、残念ながら「そういう時代ではないから」ということでホテルに携わる機会がなく、投資会社に転職しましたが、そこでも機会がありませんでした。
塩川:ヒューリック株式会社(以下、ヒューリック)に入社されるまでの時間、ずっと「ホテルの仕事ができるかもしれない」と思い続けていたのですね。
宇野:そうです。投資会社からヒューリックに入ってホテルへの投資の話が進んで、それが私が携わったホテル事業の第1号でした。それからは、次から次へとホテル事業のお話を頂いたので、とてもラッキーだと思いました。
塩川:いよいよホテル業界の仕事ができるというワクワク感や、夢を叶えられそうな手応えもあったわけですね。では、ここから「ザ・ゲートホテル(以下、ゲートホテル)」の話題に移りたいと思います。2012年の「ザ・ゲートホテル雷門 by HULIC(以下、雷門)」を皮切りに、2018年12月には「ザ・ゲートホテル東京 by
HULIC(以下、東京)」もオープンしましたね。企画から運営までのすべてを自社で手がけるザ・ゲートホテルの始まりについてお聞かせください。
宇野:ヒューリックはオフィスビルを保有する会社というイメージが強いのですが、ホテル事業を通じてヒューリックという会社の認知度アップのきっかけを作ることが大切だと感じていました。そこから数年経ちますが、最近になって「ヒューリックはホテルの会社だと思っていた」という声も聞かれるようになり、嬉しく思います。
塩川:雷門は開業から6年が経ちますね。私自身は、何度か雷門に訪問させていただく中で、街に溶け込んでいるという印象を受けていますが、実際はいかがですか?
宇野:最初に計画したことのすべてを実行できているわけではありませんが、おっしゃるように街に溶け込むことや、ホテルの中で完結する滞在ではなく外に出ていっていただく、あるいは地元の方々にも使っていただくという相互の関係は出来あがってきていると思っています。
塩川:初めてのBtoCのチャレンジですから、ブランドやコンセプトの企画プロセスは濃密だったのではないでしょうか。
宇野:我々はデベロッパーですので、開発案件はテナント様にご満足いただけるような建物にするというスタンスで投資をしていました。それを、あえて運営からすべて自ら手がけるというのは新たな世界ですし、会社としても本当にチャレンジングな選択でした。2010年にプロジェクトが始まったとき、ヒューリックはホテル経営の経験や知識がなく、ゲートホテルの具体的なブランド構想もまだありませんでした。そのような中で、サキア・ホスピタリティ株式会社(※)さんにホテル経営やブランディングについて相談させていただき、それ以来、ゲートホテルシリーズの開発と運営に携わっていただいていますが、それが我々のスタートです。ホテルの企画に「ターゲット」「ペルソナ」「顧客体験価値」などの検討が必要なことも理解していなかったので、その検討に1年くらい掛かりました。開業から7年ほど経ちますが、独立系のホテルとして、ある程度の知名度とポジショニングが確立できたのではないかと考えています。
※サキア・ホスピタリティ株式会社:ホテル事業を総合的に手がける独立系サービスプロバイダー
第2章 顧客体験価値をデザインする「王道ホテル」
塩川:雷門も東京もそうですが、ルーフトップのテラスがありますよね。必ずしも必要ではないものを取り入れるという点で、建物と体験に非常にこだわっている印象を受けました。
宇野:例えばオフィスビルや住宅であれば、仕様や装飾は一定の水準が決まっています。けれども、ホテルの場合はそうではない。あればお客さまの体験が充実するという仕様が各ホテルにはあり、結局はそれが顧客体験価値に還元され、最終的には宿泊価格や稼働率に表れます。我々は最高の滞在価値を生み出す施設づくりにこだわっています。
塩川:体験の充実といえば、東京に宿泊させていただいてたしかに体感しました。ラウンジのテラスから夜空を見上げて「日比谷のこんな空って初めて見たな」「この街にはストーリーがあるな」と感じたんですね。そこに、このホテルのコンセプトが現れていると実感できました。
宇野:ゲートホテルの重要なコンセプトの根底には、奇をてらわず、クラシックホテルに通ずる価値を現代の中で実現しようという思想があります。直営でないとトータルの顧客体験価値をデザインできないと確信しているので、クラシックスタイルな「王道ホテル」を目指しています。
塩川:なるほど。あくまで「直営」というお話が出ましたが、東京の開業初日に「鉄板焼 やすま」を利用させていただきました。食に対する想いはいかがですか?
宇野:ゲートホテルにとって、食事を提供するレストランは非常に重要だと考えています。レストランを外部に委託されるホテルも多いのですが、我々は自営にこだわっています。レストランはホテルの一貫したコンセプトに沿っているべきであり、我々は可能な限り食に対する制約をお客様に与えないよう、メニューしかり、提供時間にも柔軟に対応できるシステムを採用しているのです。お陰さまで、レストランは高い評価を頂いています。
塩川:お客さまは当然そうした背景を知らずにレストランに訪れて、当たり前のように心地よく過ごしていきますよね。鉄板焼で贅沢してみようとか、軽めにバーに行ってみようといった、その時の気分に応えてくれる、すごく心地のいい空間が広がっていると私も思いました。
宇野:ちょっとしたことにも気が利くホテルでありたいと思っています。頼まれたことのすべてに応えることとは少し違いますが、「できる限り制約がない」、つまりお客さまに喜んでいただけるなら精一杯それに応えられるようにしておきたいということが、食の体制によく表れていると思います。
第3章 「ゲートイズム」を継承するチームづくり
塩川:そうした体制を支える「人」に関して、採用やチームづくりのポイントをお聞きしてみたいと思います。
宇野:開業以来、7年間ずっと採用面接を見ている中で感じるのは、みなさんゲートホテルの「マルチタスク」に抵抗がないですね。色々なことに興味のアンテナが立っているスタッフが多いと思います。また、「人に喜んでもらうことに喜びを感じる」という、純粋で美しい心を持って入社してくるスタッフも多いので、その心は絶やしてはいけないとも思っています。ゲートホテルは他のホテルよりも対面接遇部門の構成比を大きくしています。
塩川:そうすると、年齢層も他のホテルより若いですか?
宇野:若いですね。組織としての管理はシステムでバックアップして、営業部門では新規の顧客獲得もさることながら、リピート率を上げることに注力しているので、対面接遇部門はお客さまへの対応を最優先にできます。ゲートホテルの幹部メンバーは、対面接遇部門の若いメンバーが働きやすいチームを作ることに注力しています。
塩川:ホテルの現地でお客さまと向き合うことが最優先であると。たしかに、いち顧客としてこちらに伺ってみて、しっかりと気にかけていただいていることがわかる視線やコミュニケーションを感じました。
宇野:ゲートホテルでの育成方法に関しては、マネージャークラスから若いメンバーへ直接ティーチングをしながら、「ゲートスタイルの働き方ってこういうものだよ」ということを学んでもらっています。そうして成長した彼らが、マネージャーとしてこれから新規で展開する10店舗の新しいゲートホテルに赴き、また後世に「ゲートイズム」をつなげていくことが理想です。
塩川:ホテルとともに、メンバーのみなさんも個人として成長していくわけですね。そうしたメンバーのみなさんが新しいゲートホテルへ歩みを進めていく中で、「あのとき担当してくれたスタッフと再会できた」のようなエピソードが生まれるような、お客さまにとっての「帰ってくる場所」だと感じられるようなホテルになっていくのかもしれませんね。
宇野:ゲートホテルシリーズは、現在、全国に10店舗まで増やす計画となっています。おっしゃるような「ゲートホテルファン」を、今後も増やしていきたいと思います。
第4章 ザ・ゲートホテルが生む顧客体験価値の未来
塩川:コンセプト、ブランド、人についてお話を伺ってきましたが、今後のゲートホテルの展望や実現したいことはありますか?
宇野:現在のゲートホテルは雷門と東京の2店舗ですが、新たに開業する両国・京都・大阪・福岡・札幌を加えた7店舗を中心として、将来的に10店舗まで増やすことが決まっています。ですから、このゲートホテルというブランドを確固たるものにして、そしてヒューリックホテルマネジメントという会社自体も、より力のある会社にしたいと思っています。
塩川:ヒューリックの母体は大きいけれども、ヒューリックホテルマネジメント株式会社は、まだまだこれから会社を「作っていく」ステージなのですね。
宇野:今はまだ2店舗ですが、10店舗を見ていかなければならない会社になっていきます。安定し、働きやすい環境が整っている会社でありたいと考えており、現在、処遇の見直しも含め、様々な体制の見直しを行っています。ヒューリックの社名は、「HUMAN(ひと)」、「LIFE(生活)」、「CREATE(創造する)」からきています。この言葉はホテルの基礎的な価値との親和性がとても高いですし、まさにこの言葉に即して進んでいきたいとも思っています。
塩川:雷門、東京のほか新たな7店舗にも「ヒューリックらしさ」を出して、かつ携わるスタッフのみなさんにも「ヒューリックイズム」や「ゲートイズム」がしっかりとあることが、やはり理想ですね。
宇野:人以外にも、ホテルやオフィスビル、商業ビルなどのすべてに、災害時の電源容量の規定など、「ヒューリック基準」を設けています。これもヒューリックという会社ならではの「質」です。
塩川:見えない部分ではあるけれども、しっかりと「安心」や「安全」を追求したハードスペックになっているということですね。
宇野:ゲートホテルの設備には、高いスペックのものを導入しています。お客さまには伝わりにくいところですが、顧客の体験価値の根底の部分を理解して、設計しなければなりません。
塩川:それは、もともとヒューリックが手がけていた不動産業で信頼を獲得してきた礎でもありますよね。すべてのお客さまの安心と安全を実現するための原点が、そこにあることがわかります。そして、ザ・ゲートホテルを長く続くブランドにするんだという意思も感じることができました。本日はありがとうございました。
写真:長尾 みな美 / 文:佐藤 里菜
観光ビジネス開発部 参事役 兼ヒューリックホテルマネジメント株式会社 取締役
宇野 加寿子
1973年、東京生まれ。大学卒業後に大手ゼネコン、不動産投資会社を経てヒューリック(株)に入社。観光ビジネス開発部にてホテル事業の運営やモニタリング、新規開発の検討を行う。ゲートホテル運営会社のヒューリックホテルマネジメントの取締役を兼務。